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シリア危機の現場から(2)―地雷が奪った少年の笑顔

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川畑嘉文さんと景平義文(AARシリア難民支援事業担当)がシリア難民支援の現場を語るトークイベントを開催します。3月3日(火)19:00から、八重洲ブックセンター本店8階ギャラリーにて。

祖国の戦火を逃れ、トルコで避難生活を送るシリア難民の方々の日々を、フォトジャーナリストの川畑嘉文さんの写真と文章でお伝えします。第二回は、国境を越える途中で兄と両脚を失った少年の話です。

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地雷で両足を失ったワイル君とお父さん(2014年12月)

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オバイダさん一家が避難生活を送る倉庫

灰色の冷たいコンクリートに囲まれた薄暗い倉庫に、ワイルくん(13歳)は下半身だけを毛布で覆い横たわっていた。その隣ではお父さんのオバイダさん(55歳)が息子を気遣うように毛布を直してあげている。

シリア北部のアインアルアラブ(クルド名コバニ)近郊の村に暮らしていたオバイダさん一家がトルコ南部のスルチュに到着したのは約2ヵ月前のこと。オバイダさんは季節労働に携わるなどしてのんびりと暮らしていたが、ある日突然隣家に爆弾が落とされた。破壊され煙をあげる家、炎上する車。住人たちは悲鳴をあげながら逃げ惑ったという。

オバイダさんは家族を守るため、全てを捨ててトルコへ逃れることを決めた。空爆で自家用車も破壊されてしまったが、親戚たちが車を出してくれた。主要道を使えば国境ゲートまでは約10キロの道のりだが、その道は武装勢力「イスラム国」の支配下にあったため、迂回路を選んだ。遠回りをして国境線まできたものの、そこから国境ゲートまでもイスラム国の支配下になっており、行くことができない。トルコとシリアの関係悪化のため国境ゲートが閉じられているという情報も伝わってきた。オバイダさんたちは3日間、家から持って来ていた食糧を食べながら国境沿いに留まったが、とうとう国境ゲートを通ることをあきらめ、徒歩で国境地帯を越えることを選ぶ。

オバイダさんが12人の子どもたちを連れて歩いていたその時、突然大きな火柱が上がり轟音が響き渡った。と同時に長男のハリルくん(18歳)の身体が吹き飛ばされた。家族たちは一瞬何が起きたのが理解できなかったが、次の瞬間国境地帯に敷設されていた地雷を踏んだのだと気付いた。

血だらけのハリルくんと、そばを歩いていて巻き込まれたワイルくんは、トルコ軍の車に乗せられすぐにスルチュの病院に運ばれた。しかし、ハリルくんの命は助からなかった。

大きな病院で治療を受けたワイルくんは、一命を取りとめたが、両足の膝から下を失った。事故後25日もの間、食事もとらず身体を動かそうともしなかったワイルくん、会話をするようになり食事もとれるようになったのは最近のことだ。それでも、時折事故を思い出してはぼーっと宙を見つめて放心状態に陥ってしまうそうだ。

両親が今一番つらいことは、ワイルくんが毎日のように「(お兄さんの)ハリルはどこにいるの?」と尋ねること。心に大きな傷を負ってしまったワイルくんを気遣って、家族は「働きに出ているよ」と本当のことは伏せている。

トルコ政府はワイルくんの今後の治療費を無料とし、車いすを無償で提供した。しかし、2日に一度息子を病院に連れて行かなければならないため、オバイダさんは仕事につくことができない。一家はシリアから持参したお金で食糧を買い細々と暮らしているが、いつまでこの生活が続けられるかわからない。これまで、支援物資を受けとったのはSTL(Support to Life、AARの現地協力団体)からの1回のみ。本格的な冬を迎える準備も始めなければならない。

オバイダさんは目に涙を浮かべ強く訴えた。「戦争に負けた日本人なら、私たちがどんなに苦しい状況にいて、どれほどの悲しい気持ちを抱えているかわかるでしょう? 食糧や物資の支援もありがたいけれど、心の支援が欲しい」。

※シリアの政治状況に鑑み、登場する方々やその家族に不利益の生じないよう、仮名を使用しています。

解説:トルコへの国境越え / AARシリア難民支援事業担当 景平義文

シリアとトルコの国境線は900kmにおよびます。この長い国境線沿いに、国境ゲートがいくつか設置されており、平時には、人々はそのゲートを通ってトルコに入国します。ただし、戦争から逃れてくる難民は、必ずしも国境ゲートから入国するわけではありません。戦闘の影響でゲートまでの移動が非常に危険を伴う場合や、「イスラム国」などの武装勢力がゲート周辺を支配していることで、人の移動が制限される場合があるからです。このような場合には、オバイダさん一家のように、国境ゲート以外の地点からトルコへの入国を試みることになります。

トルコ政府は、通常、国境ゲート以外からの入国を取り締まっていますが、コバニ危機のような緊急時には認めています。しかし、ゲート以外の地点からの越境は危険を伴います。シリアとトルコが数十年の長きにわたり緊張関係にあった影響で、国境沿いには地雷が埋設されている地域もあるためです。国境ゲート以外からの越境によって多くの命が救われる一方で、ハリル君のように地雷で命を落とす事故も起こります。

トルコ政府は人道的見地から、シリアとトルコの間の出入国に対して寛容な姿勢を取ってきました。そのため、トルコに逃れてきたシリア人の中には、シリアに残っている家族との面会や、仕事のために、シリアとトルコの間を行き来する人が存在しました。しかし昨今、出入国の管理が厳しくなってきています。以前は、パスポートを持っていなくてもシリアからトルコに入国することができましたが、現在は緊急時を除き、パスポートを持っていなければトルコに入国できないようになりました。

この背景には、「イスラム国」などのイスラム原理主義勢力がシリア国内で勢力を強めているということがあります。これらの勢力に関わりのある人物のシリアからトルコへの入国を防ぐとともに、これらの勢力に参加しようとする人物のトルコからシリアへの出国を防ぐ、という意図があります。現在のシリアでは、パスポートを取得することは容易ではないため、シリアとトルコ間の移動は大きく制限されてしまっています。シリアに残っている家族にも会いに行けず、仕事にも支障が生じています。シリア国内における、「イスラム国」などのイスラム原理主義勢力の拡大は、このような形でもシリアの人々の生活に影響を及ぼしているのです。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

 川畑嘉文

フォトジャーナリスト。世界各地を訪問して、雑誌などに写真と文章を寄稿している。2014年、5枚組写真「シリア難民の子どもたち」がJPS(日本写真家協会)主催コンテストで金賞を受賞。著書に『フォトジャーナリストが見た世界 - 地を這うのが仕事』(新評論出版)。

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