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シリア危機の現場から(4)―車いすの弟は

2015年03月16日  シリア難民支援トルコ
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茶色い絨毯の敷かれた6畳ほどのテントの中。見回すと僅かばかりの台所道具と毛布が置かれている。そこに親族たちと一緒に座る女性。クルド人のロジャさん(27歳)だ。祖国の話になると、大粒の涙を落とし俯いてしまった。彼女も武装組織「IS」(※)に人生を狂わされた一人だ。

※イスラム教への誤解が広がらないよう、今後「イスラム国」ではなく「IS」という呼称を用います。

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ロジャさん(トルコ・ヴィランシェヒル、2014年12月)

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ロジャさんが暮らすヴィランシェヒルの難民キャンプ

トルコ南部の町ヴィランシェヒル中心部から車で約15分、ロジャさんが避難している難民キャンプがある。住民は約300人。一見普通のクルド人と何ら変わりはないが、ここに暮らす人々はイラクから逃れてきたヤズディ教徒の少数派クルド人だ。ヤズディ教は他の多くのクルド人が信仰するイスラム教とは異なり、太陽神を崇め輪廻転生を信じる。そのため、ISはこれを異端扱いし、殺戮や奴隷の対象としているのだ。

ロジャさんはイラク北部の町シンジャル近郊の村に、夫や弟、義理の父母と共にのんびりと暮らしていた。しかし、ある日その平和な日々が終わる。国境警備隊をしていた兄がISに誘拐されたのだ。ISは法外な身代金を要求。解放のために家族たちが必死になってお金を集めたのは言うまでもない。家や車、すべての財産を売り払い、親戚や知人、友人にまで頼み込んで身代金を用意した。交渉がまとまり兄は無事に解放されたものの、ロジャさん一家の財産は何も残らなかった。

全てを失い絶望のふちにいた2014年3月3日、ISの戦闘員が隣村を襲った。次に自分たちの村が狙われるのは明白だ。ロジャさんは家族や村人たちとともにシンジャル山に逃げ込んだ。食料も水もほとんどない潜伏生活。夜は小岩を枕にして子どもを抱いて眠った。ひどく寒く、命を落とした幼子もいた。

ついにISがシンジャル山へ戦闘員を送った。男性は見つかれば殺され、女性は奴隷にされる。ISに捕まり泣きながら電話をしてきた親族の女性もいる。「食事洗濯を押しつけられ、夜は性奴隷にされている。死んでしまいたい」と一度連絡があったきり音信不通だ。

ロジャさん家族も急いで移動しなければならなかった。しかし、大きな問題があった。ロジャさんの弟は足が不自由で車いすを使っていたから、足場の悪い山岳地では移動が大変なのだ。弟を連れて行けばいずれ追いつかれてしまう。苦渋の決断。「残して行くしかなかったんだ。だってそうだろう? そうしなければみんな殺されてしまう」。むせび泣くロジャさんの隣に座っていた義弟シェルワンさん(20歳)が悲痛な表情でそう口にした。

弟は戦闘員に捉えられ、崖の上から突き落とされた。血を流し横たわる彼を確認して、戦闘員は去って行った。しかし幸いなことに、彼は生きていた。同じように逃避生活を送っていたヤズディ教徒の男性に発見され、無事保護されたのだ。弟はまだイラクにいる。

ロジャさん家族はシンジャル山を抜けるとシリア国境に歩いて移動、そこからイラク北部のクルド人自治区へ入り小学校に身を隠した。その後、2週間かけて徒歩でトルコに到着した。イラクに戻ることはもうできない。彼女は第三国への移住を強く望んでいる。「クルド人自治区のキャンプに残して来た心臓の悪い母に、ヨーロッパの病院で治療を受けさせたい」と言うと、またへジャブで顔を覆い泣き崩れてしまった。

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ヴィランシェヒルの難民キャンプで出会った少年

解説:ヤズディ教とは / AARシリア難民支援事業担当 景平義文

ヤズディ教はイスラム教とは異なる宗教です。全世界で約60万人がヤズディ教を信仰していると言われており、その多くがイラク北部に居住しています。イラク北部のシンジャルはヤズディ教徒が住民の大多数を占める地域でした。武装組織「IS」は2014年8月、この地域に進攻しました。クルド自治政府の軍隊がこの地域の防衛にあたっていましたが、ISの侵攻を食い止めることができず、約20万人が家を追われました。ISの包囲から逃れることのできなかった数万人がシンジャル山に避難することを余儀なくされました。ISによるヤズディ教徒の虐殺が強く懸念されたことが、アメリカなどによるISに対する空爆が始まる直接的引き金となりました。その後、クルド自治政府の軍隊によりISは撃退されましたが、今でも多くのヤズディ教徒が各地で避難生活を送っています。多くはイラク国内の他地域に避難しましたが、隣国であるトルコにも数万人が避難してきました。ロジャさんが避難生活を送るトルコのシャンルウルファ県ヴィランシェヒルは、ヤズディ教徒のキャンプがある場所の一つです。

ISはヤズディ教徒を殺害し「奴隷化」するなど、激しい迫害を加えました。その背景にはISが他の宗教や宗派に対して非常に攻撃的な性格を持っていることがあります。ISはもともとイラクで生まれた組織です。イラクではイラク戦争後、シーア派とスンニ派の対立が深まり、各地で両派の衝突が起きていました。スンニ派勢力の一つであったISはシーア派に対する過激な武装闘争を展開してきました。そして、シリア内戦が勃発した後も、シーア派であるアサド政権に対して攻撃を仕掛け、勢力を拡大してきました。このように、ISはシーア派という異なる宗派、そしてヤズディ教徒という異なる宗教との対立を先鋭化させ、軍事的な成果を上げることで一部のスンニ派からの支持を得て、さらに勢力を拡大してきました。

シリアやイラクの混乱は、単に政府と反政府勢力の対立という枠組みだけで理解できるものではありません。クルド人などの中東地域の民族間の対立も背景にしており、また、異なる宗教や宗派の間の対立も背景にしているということを理解する必要があるのです。

※シリアの政治状況に鑑み、登場する方々やその家族に不利益の生じないよう、仮名を使用しています。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

 川畑嘉文

フォトジャーナリスト。世界各地を訪問して、雑誌などに写真と文章を寄稿している。2014年、5枚組写真「シリア難民の子どもたち」がJPS(日本写真家協会)主催コンテストで金賞を受賞。著書に『フォトジャーナリストが見た世界 - 地を這うのが仕事』(新評論出版)。

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