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インド洋大津波 スリランカからの緊急レポート
 
2004年12月28日より津波の被害が大きかったスリランカに入り、状況の調査、緊急支援物資の配布などを行った大屋直久事務局員からの緊急レポートです。
■【12月28日】被害の規模が大きく状況の把握は困難に
コロンボからゴール市へ支援物資を運ぶトラック
支援物資を載せコロンボからゴールへ向かう2台のAARトラック

津波発生の2日後、12月28日、スリランカの首都コロンボに入った。
政府、国連やNGO関係者などが集まる各種会議に出席するなどして情報収集にあたるが、被災地で何が本当に起きているのか、何が必要とされているのかが見えてこない。どうやら被害の規模が大き過ぎて政府も状況を把握できていないようなのだ。
地方の役人たちも家を失った被害者であることを考えると、政府が状況を把握できないのもいたしかたないのかと思う。

 

ゴール市内の倉庫へ支援物資を搬入
ゴール市内の倉庫へ支援物資を搬入
コロンボに長居は無用。まずは現場をこの目で確かめる必要があると感じ、以下の食料・日用品をトラック2台に積み込み、特に多くの被害が出ているという南部のゴール県へ向かった。

・ ビスケット 15,000食分
・ 石けん 4,320個
・ マット 1,000枚
・ 子供用下着(パンツ、肌着など)6,000枚
・ シーツ 1,000枚
・ 生理用品 504パック
・ 飲料水(1.5リットル) 504本
 
■【12月31日】ゴール市へ到着

この県の中心、海岸沿いに広がる人口10万人程度のゴール市に到着。海岸に近い地区は見るも無残な、瓦礫の山と化していた。
道路に船が乗り上げ、バスが真ん中でぐにゃりと折曲がり、電柱はなぎ倒され、線路は蛇のように身をくねらせ、建物はそのていをなしていない。

津波により破壊された家 津波により破壊されたゴール市内のバス
津波により破壊されたゴール市内の建物やバス
■「世界の終わりがやってきたと思った」
陸に押し上げられた漁船
陸に押し上げられた漁船
この町の高台に住んでおり津波が町を破壊するその一部始終を見ていたという住職に話を聞くことができた。

津波がこの町を襲ったのは12月26日午前9時30分。
この日の朝、いきなり潮が引き始めたという。100m、200mとどんどん引いていき、有史以来海であったところに最大で海岸から1kmほどの巨大な砂地が突然あらわれた。

人々は何がおきたのか理解できないまま、しばらくその様子を眺めていたが、漁民は沖へ流されようとする舟をつなぎとめようと、子どもたちは砂地に飛び跳ねる魚やカニを捕まえようと、その砂地へなだれこんだ。

 

津波の力で押し流されたイスや机
津波の力で押し流されたイスや机
そしてその数十分後巨大な津波が彼らを、そして海岸沿いの町を飲み込んでいった。茶色の濁流となったその大波は何度も陸と海の間を往復し徐々に人々や家など陸地にあった何もかもを海の中へと引きずり込んでいった。想像するだけでも恐ろしい。
この波に飲まれたが運良く生きのびた人々は「世界の終わりがやってきたと思った」と口をそろえる。

ゴール県では4000人を超える死者が確認され、50000人を超える人々が避難生活を余儀なくされている。この沿岸地域の主要産業は漁業や観光だが、漁師は舟を失い、ホテルやレストランは観光客を失った。人々の生活がもとに戻るまでにはかなりの時間がかかることが予想される。
■【12月31日】緊急支援物資の配布を開始
支援物資を配布する堀江事務局長代行
ゴール市内の避難所にて支援物資を配布する様子
寺院や学校で避難生活をおくる人々に、飲料水、ビスケット、石けん、マット、子供用下着などの配布をおこなった。

配布先は下記のとおり。
・ ゴール市内の避難所(お寺) 対象者 約1,000人
・ カサルワの避難所(高校) 対象者 約500人
・ タルペの避難所(お寺) 対象者 約2,000人

今後も引き続き、このゴール県において調理道具や食器など台所用品を配布することを決定した。避難食生活に疲れた人々はあたたかい食事を望んでいる。また、子どもたちの栄養状態の改善は急務である。

■【1月2日】ゴール市内の被害は甚大

ゴール市内海岸より30mの障害者施設(Sambodi Home)の被害の様子
海岸から30mにある障害者施設。97人中45人が死亡。津波により、荷物や備品などすべて失われた。

ゴール市内で被害の様子の調査を行う。被災当日は、日曜でかつ、満月だったため(満月の日は休日のために多くの人が家にいた)、これでも被害は小さかったのではないかとの話。子どもたちの精神的ショックが大きく、普段はしないオネショをしたりするという話を聞く。

産婦人科病院(Teaching HOspitan Mahamodera)では、ベッド数460のうち、100床が使用不可能に。1階にあった建物のほとんどが喪失し、建物自体が半壊。古い建物のため、まずは建物の再建、それから設備、機材が必要との声があった。

学校の教室の津波被害の様子
市内の学校の教室の津波被害の様子

市の中心から東へ1km、海岸から30mにあるSambodi Homeという障害者施設では、津波発生時ほとんどの人が寮にいた。97人中45人が死亡。津波により、荷物や備品などすべて失われた。

学校では、勉強のための机、イス、備品がすべて二度と使えない状態になっています。当日は日曜日のため、学校内での被害者はないが、生徒1660人中400人が死亡したとみられており、授業再開の見込みはたっていない。

■【1月5日】被災地救済へ人々の心はひとつに...
今、ゴールからコロンボへ戻ってきている。
被害が小さかったこの街では、各所で人々が募金を呼び掛けたり支援物資の受付をおこなっており、被災地救済へ人々の心がひとつになりつつあると感じる。
民族問題はこの国の長年の懸案であるが、今回の災害に対しては、普段対立している各陣営も協同で支援活動をおこなうことになるようだ。

仏教徒が多数を占めるこの国の人々は礼儀正しくやさしい心を持っている。そしてまた親日的でもある。 正月のセレモニーも中止、いつもは聞こえるはずの爆竹の音もなく、ビーチに人影はない。

スリランカの人々が、少しでも早く災害から立ち直ることができるよう、支援を行って行きたい。
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