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活動報告
タイトル
被災した人々のためのコミュニティ復興を支援します
報告者
東京事務局 次長 松山 恵子
報告年月日
2005年5月
概要
インド洋大津波から4ヶ月半。
緊急支援としての支援物資の配給と、それが人々にどのように使われているかの調査(モニタリング)を終了し、難民を助ける会は、復興段階にあるスリランカ南部の被災地域ハバラドゥワ(Habaraduwa)で次なるプロジェクトを開始するべく、準備を進めています。4月後半から5月初めにかけ、松山が現地に出張し、プロジェクトの大枠がほぼ決定しました。
詳細
海岸線の様子
海岸線の様子

津波によって海岸線はガレキで埋め尽くされました。(2005年1月撮影)

■被災した人々にさらなる試練が

スリランカ入りした翌日、コロンボ駐在の柴崎駐在員と共に緊急支援を行った南部のゴール(Galle)を目指しました。

スリランカ政府が今回の大津波を教訓に、海岸線から100m以内(東海岸では200m以内)の地域(緩衝地域)に住民が住むことを今後禁止する政策を発表したのが、今年2月。しかし該当する地域に暮らす人々に、その情報が必ずしも正確に伝わっている訳ではありません。
実際この地域を車で走っていると、明らかに緩衝地帯に入っていると思われる場所にもかかわらず、家を大規模に補修していたり、再建中と思われる店が工事半ばで店開きしている光景に出くわしました。

■被災地では情報が正確に伝わらず
難民を助ける会が車椅子を配布する家庭を訪れるジョアナさん(右)
仮設テントの様子

今後も住宅として長期間住み続けるのは厳しいものです

話を聞いてみると、とにかく今すぐ住む場所が必要だから、以前にやって来た援助団体が建てていった仮設住宅は、とても住めるような状態にないから、という切実な理由のほかに、いずれ退去しなくてはならないらしいと噂では聞いていても、住居を補修さえすれば退去しなくもいいと勝手に解釈していたり、また店等の住居以外であれば補修(または再建)すれば営業を継続できると思っている人など、人々の理解は実に様々でした。
今後、こうした人々の間で混乱が広がることは避けられないと、複雑な気持ちになりました。
■移転を余儀なくされた人々を支援
移転予定地
移転予定地

木が生い茂っているジャングルで、生活するための手段は何もありません

モランピティゴダ(Morampidigoda)は、ゴール市街からさらに南へ車で15分ほどのハバラドゥワ地区にあるゴールロードに沿いの集落です。海岸から100m以内にあり全壊と認定された集落内の40軒を超える家を、政府が斡旋した新たな土地に建設し、そこにコミュニティーを復興させるというプロジェクトに、今後難民を助ける会は地元のNGOと共同して取り組むことになります。

新たな土地に家を建設するといっても、そこは今はまだ鬱蒼と木々が生い茂るジャングル。たとえ家を建てたとしても、道路も水も電気もなければ、陸の孤島同然です。初めての土地に移り住んだ人々が食べ物や収入を得るための支援や、子どもたちが学校へ通える手段も考えなくてはなりません。
そうした大規模な復興事業には、大きな資金はもちろん、専門的なプランニングや行政の協力も欠かせません。このプロジェクトには今回、国連機関の資金的、技術的協力を得ることができる見通しがたち、総合的な復興支援を行える方向に進んでいます。

今はまだ壊れた家の瓦礫にビニールシートを張ったり、廃材で応急処置をして暮らしている人がほとんど(中には未だにテントで寝泊まりしている家族もいます)のモランピティゴダを訪ね、人々の今の暮らしの状況と、今何を望んでいるかを聞いて回りました。
■モランピティゴダの人々の声
「あっという間に海水で体が天井まで押し上げられていた」
マヒンダダサさん(男性 63歳)

マヒンダダサさん
マヒンダダサさん
「異変に気がついてすぐに海岸側のドアを開けようとしたが、もう海水が押し寄せていて開かなかった。あっという間に、体が天井まで押し上げられていたよ。どうやって外に出られたかはわからない。天井が抜けたんだと思うけど。助けられた時には太腿に太い竹の杭が突き刺さって大怪我をしていた。その竹を抜くのと、そこに残った竹の破片を取り除くのと2回も手術を受けた。病院にも1ヶ月ぐらい入院したよ。」
「家のかたちは残っているけれど、見ておくれ。何もない。すべて流されてしまった。屋根もなくなったけれど、息子がこうして廃材を打ちつけたよ。ドアも何とか作った。でもいつ壁が崩れるかわからない。とにかく何もなくなってしまったが、年金暮らしの上にこんな怪我を負ってしまって、この先どうしていいかわからない。」
「この地を離れるのは嫌だけれど、あの津波の怖さを考えると新しい場所に移るのは仕方ないと思っているよ。」 
「夫と娘2人、そして父を失った」
メラン・ペララさん(女性 33歳)

マヒンダダサさん
メラン・ペララさん(中央)
亡くなった娘さんの写真の写真と共に。(写真右は、松山。左はスリランカ駐在員の柴崎)
Pereraさんの家は、実は今回の復興支援プロジェクトの対象には入っていません。なぜなら玄関のあった場所のすぐ前の地点が海岸から100mの境界線と指定され、彼女の住んでいた家は100mの緩衝地帯の外と認定されたからです。
スリランカ政府は、4月半ば緩衝地帯の外にあって全壊したこうした家庭のために、補償金を支払うと発表しました。しかし、私たちが訪れるまで、Perera さんはそのことを全く知りませんでした。

津波で最愛の夫と娘2人、そしてお父さんまでも亡くしてしまった彼女は、すぐ前の家に住む弟さんの家族とお母さんに支えられながらも、家から外へ出る気力すらも失っていたからです。

弟さんの家族とお母さんが住む家は、ちょうど改修されているところでした。その資金は、津波直後に訪れた知らないシンハラ人が置いていったものだと言います。
私たちを複雑な気分にさせたのは、その家が位置的に100mの緩衝地帯内にあることでした。たとえ貰ったお金だとしても、それを使ってこうして改修した家も、やがて取り壊されることになるのです。そうしたら、一人ぼっちになったPereraさんも、弟さん家族と一緒に当会が復興予定の新しい土地に移ってくるのでしょうか。

「写真を撮っていいですか?」と聞くと、彼女は慌てて亡くなった家族の写真を取りに行きました。写真を抱えてカメラに収まる彼女の目には、涙がいっぱい溜まっていました。
 
■プロジェクトの見通し
マヒンダダサさん
スリランカNGOグリーンムーブメント
国連機関などとも連携して活動を進める予定です
今回難民を助ける会と共に、モランピティゴダのコミュニティー復興を手がけるスリランカのNGOグリーン・ムーブメント(Green Movement)は、コミュニティーの復興においても環境保全やゴミ処理問題の視点を重視するなど、総合的な視点に立った復興事業を推し進める若い組織です。

当会は、まず今後新しい土地で生活を再建していくための人々のニーズ調査を手始めに、軸となる住宅建設、道路や水施設などコミュニティーに不可欠な設備を手がけることが予定されている国連機関との連携業務、そして一日も早く人々が安定した生活を取り戻すための生活支援など、多角的にプロジェクトを支援していくことにしています。

 皆様からの温かいご寄付を最大限生かすために、スリランカ駐在の柴崎大輔と東京事務局の努力が続きます。

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