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活動報告
タイトル
トラック10台で、緊急支援物資を被災地へ
報告者
パキスタン地震支援担当  紺野 誠二
報告年月日
2005年10月
難民を助ける会では、10月8日にパキスタン北部で発生した大地震を受け、東京とアフガニスタン・カブールよりそれぞれスタッフを派遣し、支援活動を行っています。以下は、地震発生2日後に現地入りし、支援物資を配布した紺野誠二事務局員からの報告です。
■10月21日、雪がちらつくマンセラへ再び
被災者に配布する支援物資
被災者に配布する支援物資
被災地には何もないことから、食糧に加え、調理道具や肌着、石けんなど色々取り揃えてセットした
あっという間の一週間だった。今回は配布物資を持っての訪問だ。ラワルピンディのマーケットを何度も訪問し、物資を購入。
香辛料屋ではくしゃみ鼻水が止まらず、米屋のオヤジには夜中に電話をもらい「準備ができたから今から取りに来い」といわれ、地元の労働者の人々と混じって夜までかかって配布物資のパッキングを行ったのも、つい2-3日前のことなのに、なんだか遠い昔のような気がする。

今回配布するのはファミリーセット。中身は米10キロ、油2.5リットル、砂糖1キロ、豆2キロといった基本的な食糧に加えてお茶、干しブドウ、香辛料など、鍋、皿、コップ、お玉といった調理道具、肌着類、マッチ、石鹸、ろうそく、ロープといった雑貨、そして、カブールから取り寄せたプラスチックシート。二つに荷物を分けたが、片方は20キロ近くあるかな。かなり中身が詰まったセットだ。調達の手間を考えれば食料だけとか、プラスチックシートだけということも考えたが、先週金曜日に村を訪問した時点でまったく支援が届いていないことに鑑み、多品種にすることとした。

朝5時15分、アボタバードのホテルを出る。外は真っ暗、行き交う車もほとんどない。目を凝らしてよく見ると、ちらちらと何かが降ってきている。雪だ。早くも雪が降ってきた。まだ10月後半、いやもう10月後半というべきか。残された時間の少なさを感じる。雪が本格的に降ってきたら、支援は相当難しくなるだろう。
マンセラにある協力団体のNCHD(National Commission for Human Development)に着く。雪はやんだ。ほっと一安心。ただ、雪が降るだけあり、かなり冷えている。吐く息も白い。そんな中、まずはトラックの積荷の確認。今回は3ケ所500世帯で物資配布を行なうので、それにあわせて積荷もアレンジしなおし。本当にNCHDのスタッフの皆さんが遅くまで村々を回って受益者登録をしてくれたおかげで、すべてスムーズに行きそうな予感。
■トラック10台に物資を載せてサッチャ村へ
支援物資を載せて、被災地へと急ぐトラックたち
支援物資を載せて、被災地へと急ぐトラックたち
山道で故障したりぬかるみにはまる危険もあるため、大型ではなく小型のトラック10台で向かう

今回は、カブール事務所の大西駐在員と入れ替わりに、宮崎駐在員と、東京事務局の坪井事務局員がいる。非常に心強い。すべてはチームワーク。自分1人でできることなんて、たかが知れている。

トラック10台を連ねてサッチャを目指す。さすがに10台もあるとかなりな壮観だ。えらい大きなことをしているように見える。まあ、ファミリーセット500世帯分だ
からね。無理に詰めようと思えば半分ほどのトラックでもできる。ただ、山道。ぬかるみにはまったり、トラックが故障したらアウト。自分たちだけでなく、他の人たちにも多大なる迷惑となる。パキスタン軍の支援のヘリコプターが先週墜落したとの話を聞いていたので、慎重に行く。

トラックなのでスピードは遅いが、着実に進んでいく。先週来たときには通るのに30分かかった道が、今回は2分で通り抜けられた。これはパキスタン軍の努力によるもの。道中至る所でパキスタン軍と警察の姿を目にする。事前に聞いていた話では、やはり治安が悪化している由。援助団体の物資の略奪があると聞いていたので、ちょっと不安だったが、このぶんだと問題なさそうだ。

先週はがけ崩れでトラックが進めなかった場所も無事通過。瓦礫も取り除かれていた。ただ、また地震があったら通行止めになることは想像に難くない。マンセラから2時間50分。トラックとともにサッチャの村に入る。この村では4台のトラックが物資を降ろし、残りの6台はこの先の配布地点へと向かう。
■サンタクロースからのプレゼント?
パキスタン人協力者と共に
ようやく物資配布を開始
パキスタン軍の協力もあり、順調に配布することができた(右から2番目が坪井ひとし事務局員)
サッチャの村の配布地点に行くと、すでにパキスタン軍が物資配布の準備をしていた。NCHDのスタッフが前日に食糧配給カードを配ったはずなんだけどどうなっているのだろう?
いろいろと話をすると全容がつかめてきた。難民を助ける会とNCHDは、当初から配布対象者を社会的弱者、具体的には夫を亡くした家庭と60歳以上の高齢者のいる家庭に絞って配布することにしていたが、軍は全体に配布するとのこと。 現場で調整して、とりあえず、我々の配布と軍の配布がダブらないようにした。
これがまた不思議なことに、配布しようとする物資がほとんど重なっていないのに驚く。パキスタン軍は小麦粉、ビスケット、シーツ、毛布などを配布するので、これはよかった。

物資配布に当たっては、事前に登録カードを持っている世帯が対象。登録カードと引き換えに物資を配布する。並んで待つ人の整理や登録カードの確認などは、軍隊が引き受けてくれた。まったくありがたい。軍隊がいれば、物資配布時に一番心配しなければならない安全も確保されるだろう。
11時30分近くになって物資配布を開始。最初に来てくれたのは、なんと女性。パキスタンの地方では女性が人前に出るということがあまりないと聞く。おそらく、どうにもならずにやってきたのだろう。NCHDのボランティアや近所の人が手伝って、物資を運んでいく。何らかのお役に立てればいいのだが。

列をなしている中には子どもの姿が目立つ。親と一緒に来ているケースが多い。物資を抱えて帰る姿が心に残る。配布を行なっている場所から少しはなれたところでは、物資をもらった人が袋の中身を空けて何が入っているのを確かめている。まるでクリスマスプレゼントが何かを見ている子どものようだ。我々はサンタクロースではないけれど、被災した人々が少しでも、ほんのわずかでも幸せな気分になれたらいいと思う。

支援物資を受け取り嬉しそうな家族
支援物資を受け取り嬉しそうな家族
サンタクロースにはなれないけれど、少しでもお役に立てたら嬉しい
道路が開通したせいか、少しずつ支援が入りはじめている。そのおかげもあって、人々がすごく穏やかなように見える。先週はかなり疲れたような表情を浮かべていたように思えたが、支援が届きつつあること、町と道路がつながったことの安心感があるのかもしれない。とても物資の略奪が起こるような感じはしない。
先週来たときにはなかったテントが見受けられるようになった。それでも、まだまだ足りないらしい。それに、よく考えると雪が50センチも積もるようなところで一冬越すのは到底無理のように思える。根本的な対策をとらないと厳しいのではないだろうか。

午後1時、混乱もなく無事に物資配布完了。今回の配布では本当にNCHDのスタッフ、ボランティアにはすごくお世話になった。彼らなしではこんなにスムーズには行かなかっただろう。草の根組織の強さを感じる。
■配布した家庭を訪問
物資を配布した家族の家を訪問した
物資を配布した家族の家を訪問した
全壊は免れたとはいえ、かなりの崩壊度だ

物資配布を受けた人のご家庭を訪問させていただくことにした。
ネアズさん(35歳)は、配布を行なった場所のすぐ近くに住んでいる。全壊は免れたのでだいぶよい方だ。といっても半分近くは崩壊している。少しずつ物資の配布がなされているようで、とりあえず難民を助ける会の食糧も含めてなんとかなるような状況。ただ、兄弟の家族も含めて25人もいるとのことなので、食糧はすぐになくなってしまうだろう。
鍋に火をかけている。鍋は何とかなったらしい。とはいっても大勢の食糧を作るわけだから、当会が配布した鍋も役立ててくれるだろう。

先週お伺いしたアリさんの家を再訪する。たまたま物資配布のときにお見かけしたので、お邪魔することに。アリさんの家は相も変わらず壊れたまま。トタン屋根の小屋で大家族36人が寝泊りしているという。小屋としか言いようがないほど狭い。18〜20畳くらいだろうか。そこに身を寄せ合って暮らしている。毛布も布団も食糧もあることはあるが、どう考えたって足りる量ではない。しきりに「テントを何とかしてくれ」という。確かに住むところは本当に大切だ。

■子どもたちに必要なのは
物資の配布を待つ子どもたち
物資の配布を待つ子どもたち
この子たちのためにできることは何か。長い目で考えていきたい
子どもたちからも話を聞いた。
先週会った子どももいれば、今回初めて会った子どももいる。大人たちと同様、子どもたちも落ち着いているように見える。

先週出会った女の子も少し落ち着いたようだ。先週はちょっと話をした瞬間に泣き出されてしまったので、私の人相が悪いからかな、なんて思ったりしたが。
子どもたちにとって不満なのは、子ども向けの物資、例えば洋服とかがないということ。実際に子ども向けの洋服を買うのはサイズの問題もあって難しい。一応今回のセットで子ども向けの肌着は購入してあるので、それを着てもらえれば嬉しい。
そして学校。被災から約2週間。まだ学校再開のめどは立たない。文房具を失ってしまっているので勉強のしようもない。もう少ししたら子どもの教育支援も重要になってくるだろう。

そして心のケア。たまたま診察に来ていた医療系のNGOのスタッフに話を聞いたら、やはりトラウマは相当あるらしい。これは子どもに限ったことではないらしいが。
話を聞いた子どもの多くは「夜眠れない」「夜中に起きてしまう」という。専門家によるケアが必要なのか、大家族主義なので家族の中で心のケアをしていくべきなのかは分からない。ただ、何らかの対応が必要なことだけは言える。

■息子のお墓を前に
地震で亡くなった、アリさんの息子のお墓
地震で亡くなった、アリさんのご兄弟のお墓
かけがえのない肉親を亡くなったご家族のお気持ちは、計り知れない

被災して2週間。
私が調査でサッチャ村を訪問してから1週間が過ぎた。寸断されていた道路も開通し、支援物資も届きつつある。人々の表情も穏やかになったように思える。
ただ、外部者の私には見えない部分では、何も変わっていないのかもしれない。

まだまだ緊急援助が必要な段階で、復興への道のりは遠い。迫ってくるのは寒さ、そして雪。どうなってしまうのだろう、という不安でいっぱいなのかもしれない。

アリさんのご自宅を再訪させていただいて、この一週間で何が一番変わったか。私の目に映ったもの、それは亡くなられたアリさんのご兄弟のお墓ができたことだった。

セメントで固められたものではなく、ただ土が盛ってあるお墓。
その前で、かなりのご高齢だろう、アリさんのお母さんが座っていた。息子を震災で亡くした気持ち、心痛は計り知れない。時間が解決してくれるのを待つしかない。
そしてこの村でも、パキスタン全土でもすでに4万9000人が亡くなられたという。アリさんのお母さんに頭を下げて、村を後にする。
稲刈りの終わった田んぼも目についた。厳しい冬の到来も間近だ
稲刈りの終わった田んぼも目についた。厳しい冬の到来も間近だ
自然は待ってはくれない。被災者を待ち受ける厳しい現実に複雑な気持ちだ。
渓谷沿いの細い道を下っていく。稲穂が風に揺れている。

実るほど頭を垂れる稲穂かな 

ただ、先週はほとんどなされていなかった稲刈りも進み、収穫の終わった田んぼも目につくようになってきた。

自然は待ってはくれない。もう秋は終わろうとしている。そしてやってくるのは厳しい冬。

物資配布を無事に終えた充実感と、被災者を待ち受ける厳しい現状と。複雑な気持ちでマンセラへと向かった。

 
これまでのパキスタン支援内容については、こちらをご覧ください。
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