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活動報告
タイトル
9.11から5年…終わることのない地雷の恐怖
アフガニスタンの人々に、引き続きご支援を
報告者
難民を助ける会副理事長 伊勢ア 賢治

2006年6月より当会副理事長。専攻は危機管理と非営利経営学。10年間のアフリカでの開発援助を経て、東チモールで国連暫定行政府の県知事、そしてシエラレオネでは武装解除を担当し内戦の終結に貢献する。その後、アフガニスタンにおける武装解除を担当する日本政府特別顧問を務める。東京外国語大学大学院教授。
 
報告年月日
2006年9月
難民を助ける会では、9.11の同時多発テロの報復措置として米英軍により攻撃されたアフガニスタンで支援を開始。2002年には首都カブールに事務所を開設し、以来2003年まで地雷回避教育、地雷原の特定調査活動、地雷除去活動を実施。現在は、国連アフガニスタン地雷対策センター(UNMACA)と協力し、アフガニスタン全土で使用する地雷回避教育の教材作成および移動映画教室の運営の他、障害者向けのパンフレットを作成中です。北部タロカンでも同年に事務所を開設、地雷の被害やポリオ(小児マヒ)などによる障害者のための理学療法施設を運営しています。
7月17日〜23日にかけて、柳瀬房子理事長と伊勢ア賢治副理事長が、カブール周辺の支援現場を視察しました。
■戦国時代から統一国家へ…アフガニスタンの歴史
アフガニスタンの地図
アフガニスタンの地図

 難民を助ける会の副理事長の任務をお引き受けすることになってから、初めて、現場の活動を見せていただきました。アフガニスタンです。と言っても、私にとっては2年ぶりの訪問です。

 多民族国家アフガニスタンは、つい最近まで、ちょうど日本の戦国時代のようなものでした。大変高度な武器で武装した軍閥たちが小王国をつくり、お互いに喧嘩していたのです。この群雄割拠の状態を統一し、誰が天下を取るかに明け暮れたのがアフガンの歴史です。

冷戦時代には、旧ソ連がアフガニスタンに軍事侵攻しました。それに抵抗するイスラム聖戦(ジハード)の戦士(ムジャヒディーン)という日本の武士道のような風土が跋扈するようになりましたが、それらを支援したのが米国を含む諸外国です。これを代理戦争と言いますが、まさにアフガニスタンは、米ソの冷戦構造の縮図であったのです。

ソ連が崩壊し冷戦が終わると、アフガニスタンは元の群雄割拠の状態に戻ります。そこで台頭してきたのが、イスラム原理主義を標榜するタリバンです。
 タリバンは、勇猛な戦闘でアフガニスタンの主要な都市を次々に陥落させてゆきます。それと同時に、彼等が手を結んだのが、オサマ・ビン・ラディンのアルカイダです。アルカイダのテロの直接的被害者であるアメリカは、9.11の同時多発テロを契機に、彼等が巣食うアフガニスタンを「テロリストの温床」と位置づけ、全面的な報復攻撃を仕掛けます。今でも続く、アルカイダ・タリバン掃討作戦です。アメリカは、軍閥たちをタリバンという「共通の敵」を標的にすることでまとめ上げ、効果的にタリバンを駆逐しました。

 タリバン崩壊後、元々仲の良くなかった軍閥たちは、また群雄割拠の状態に戻り、戦闘を再開しました。ここで、日本を含む国際社会は、アフガニスタンの安定はすなわち国際テロ撲滅の鍵という共通認識のもと、アフガニスタンでの民主的統一国家の建設を急務ととらえ、一致協力することになりました。その中で一番重要な任務である軍閥の武装解除と解体を担ったのが日本で、私は日本政府代表としてその任務にあたったのです。
■天文学的な数の地雷が埋まる国
すべての地雷を撤去するには、継続的な支援が不可欠です
■アフガニスタンでは、今日も地雷除去が続く(C)HALO TRUST
このように、アフガニスタンの歴史は、まさに戦闘の歴史です。現在、アフガニスタン国民は急ピッチで復興に勤しんでおりますが、様々な戦争の後遺症に悩んでおります。その中で最も厄介なのが、戦場となった一般市民の居住区で埋設された地雷です。不発弾も含めると天文学的な数字になるのです。

 日本からアフガニスタン入りするには、パキスタンの首都イスラマバードから国連機や小さな民間機を使うのが一般的です。アフガニスタン訪問者は、その機上、座席シートのポケットに「地雷・不発弾から身を守る安全ガイド」という英語のパンフレットを目にするはずです。これには、初めての訪問者が地雷原に迷い込まないよう、落ちている不発弾に誤って触れないようさまざまな注意が写真入りで分かりやすく解説されており、この制作を一手に引き受けているのが、我が難民を助ける会です。

 個々の人間を標的にする兵器、対人地雷を例にとってみましょう。アフガニスタン全土を汚染する対人地雷数は推定1千万個以上。国際社会は、復興支援の一環として地雷除去要員の養成に努め、その数は9千名に達しています。しかし、それらをフルに稼動させても、すべての地雷を除去するには2015年までかかるという試算があります。しかしこれはあくまで私たち先進国の支援が、途切れなく継続した場合のシナリオで、この途切れない支援というのが実は曲者なのです。
■世界の関心が薄らぐ中、途切れぬ支援を・・・
娯楽の少ないこの国で見る映画に、子どもたちは大喜び
難民を助ける会作成のパンフレットを手に、地雷回避教育映画を食い入るように見つめるアフガニスタンの子どもたち
(C)K.Yoshifumi

日本でも、一時脚光を浴びたアフガニスタンは、その後イラク問題の影に隠れ、最近ではメディアも取り上げません。 
「アフガニスタン問題はもう終わったんじゃないの?」というのが、大半の日本人の印象なのではないでしょうか。

そうなのです。日本に限らず国際社会の興味は一過性であり、すぐ冷めるのです。ですから、国際支援を絶やさないのは非常に困難な作業で、この地雷対策事業も既に資金難が問題になり始めているのです。
2015年までというのは極めて楽観的な観測であり、アフガニスタンの人々は、ここしばらく地雷と"共存"しなければならない。これが現実なのです。

珠玉の地雷回避教育事業にご協力ください
カブールにて。柳瀬理事長(左)と伊勢ア副理事長
■地雷回避教育は珠玉の支援
ですから、上述の当会のパンフレットのような「地雷回避教育」が重要になるのです。子どもたちが野原で遊んでいるうちに犠牲になるケースも多いので、難民を助ける会は子ども向けの教材も開発しています。
実際に地雷を踏んでしまい手足を失った青年の一人は、難民を助ける会カブール事務所のスタッフとして頑張っておりますが、スタッフたちが役者として登場するビデオも制作し、それはアフガニスタン社会で好評を得ております。電気のない農村にも、発電機を車両に積んだ移動ユニットを巡業させ、まさに地に足の付いた支援を行っているのが難民を助ける会です。

 地雷回避教育は地味な活動と言えるかも知れません。しかし、これによって救われている命は、実ははかり知れないほど大きいのです。
 日本人の誠実な特質にマッチする珠玉の国際貢献。更なるご支援を、よろしくお願い申し上げます。
 
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