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活動報告
タイトル
駐在員帰任インタビュー:カブール駐在の2年間
報告者
アフガニスタン(カブール)前駐在員:鈴木 信

アフガニスタン(カブール)前駐在員:鈴木 信 神奈川県出身。2005年7月より約2年間アフガニスタン・カブール事務所駐在。大学でウルドゥー語を専攻し、建設会社勤務などを経て難民を助ける会へ。
報告年月日
2007年10月
アフガニスタンは世界でも有数の地雷汚染国。今なお地雷や不発弾による事故が後を絶ちません。難民を助ける会は、2002年1月から地雷対策と障害者自立支援を実施しています。そのカブール事務所での駐在を終えて帰国した鈴木信。今回は2年間の仕事や苦労などを報告します。(文:広報担当 長井美帆子)
アフガニスタンの地図
念願のアフガニスタンへ
アフガニスタンの素晴らしい自然
アフガニスタンの素晴らしい自然

そもそも鈴木がアフガニスタンに赴こうと考えたきっかけは、大学生時代にまで遡る。言語を学ぶため、たびたび訪れたパキスタンで、多くのアフガニスタン人と出会った。彼らは戦争から逃れてパキスタンに避難していた難民。彼らの人柄に魅せられ、“いつかはアフガニスタンへ”との想いが募るが、状況が許さぬまま20年近い歳月が流れた。

その間、建設会社やコンサルタントの仕事で多くのアジアの国々を訪れていた。鈴木の転職の意思と、難民を助ける会カブール事務所駐在員の募集の時期が重なったのは、ただの偶然だろうか。そのタイミングの良さを「縁(えにし)としか言いようがない」と鈴木は笑う。長年の夢を叶える形でカブールへ赴任した。

モバイルシネマチームのスタッフ
モバイルシネマチームのスタッフと一緒に撮影。氷点下の極寒の中でも村を周った。前列左が鈴木

スタッフと共に村まわり
カブールでの生活は、まさにバリバリの男子校生活。日本人スタッフが暮らす住居兼事務所に、毎朝14人の現地スタッフが出勤してくる。女性は昼食の調理を担当する年配女性ただひとり。赴任後1年間は"モバイルシネマ" を担当し、映画「帰郷」を携え現地スタッフと共に多くの村々を周った。

治安を考え、ひげを生やし現地の服を着た。計画を立て、プログラムをつくり、それに沿ったトレーニングをする。何もできなかったチームのメンバーに一から仕事を教えた。彼らが一通りできるようになった後は、営業活動を開始。他のNGOや現地の学校に「一緒にやりましょう」と話を持ちかけた。モバイルシネマの評判は高く、多くの団体と仕事をすることが出来るようになり、現在までに約10万人が地雷回避教育を受けた。

義手を使いパソコンを操作するナデル
義手を使いパソコンを操作するナデル

■不発弾被害者ナデルに会計の基礎を
大西清人元駐在員(現東京事務局員:2006年8月までカブール駐在)の離任後は事務所内で会計を担当。和気藹々(あいあい)というよりは、厳しい雰囲気が漂う事務所だった。「私たち日本人はいつか帰る。あなたたちはここで頑張るしかないでしょ?」「あなたたちの国なんだから、あなたたちが頑張らなくてどうする?」何度もそう言いスタッフを鍛え上げて来た。

そんな鈴木が最も厳しく指導したのは、過去の活動報告でも度々登場している不発弾被害者のナデル(ナディル)。現地スタッフの管理職として採用されていたナデルに鈴木は会計の基礎を叩き込んだ。両手がないから字が書けない、パソコンを打つのも時間がかかる。鈴木がいなくなった時、しっかり自立できるようになるためにはそんなことは言っていられない。ナデルにとっては何もかもが初めての経験。普通ならこうするだろう、という考えは通用しなかった。

「メモがとれないから、なおのこと一発で覚えて欲しい…」鈴木は、かなり厳しいことも言ってきた。「彼は、肉体労働でご飯を食べることはできない。コンピューターをバシバシ使うのも厳しい話。会計がいいですね。会計は知識の世界だから、最終的には人を使ってやればいい。頭の中にしっかり理論があれば、仕事はできる。総務は団体によってやり方が変わるけど、会計は原則が一緒だから世界中どこにいっても通用するでしょう」厳しい言葉の裏には、ナデルの将来を想う鈴木の深い愛情があった。

子どもたちに地雷回避教育の教材を配布する鈴木
子どもたちに地雷回避教育の教材を配布する鈴木(撮影:K. Yoshifumi)

■現地スタッフの自発的勉強会を開催
勤務時間でも仕事のない時はお茶を飲みつつお喋りをしていることが多い庭師や運転手などのスタッフ。そんな彼らを見て鈴木は宮崎巧治駐在員と話し合い、「1日1時間、何か人の役に立つことをやってみては?」と提案。スタッフたちは自分たちで話し合い、文字を書ける人が書けない人に教えることにした。

3ヵ月で1サイクル。文字の読み書きを2回続けて、その後は簡単な計算を学ぶ算数の時間を設けた。そして、鈴木の帰国する頃には、英会話を始めるという。英語を話せるスタッフですら、決して得意とは言えない。それでもやろうという熱意は買いたい。「ジェネレーターを止めなさい」「出かけてきます」まずはそんな言葉を覚えることから始めるという。いつか業務に必要な簡単な言葉だけでも出来るようになれば、日本人駐在員とのコミュニケーションもいちいち通訳を介さなくても済む。

アフガニスタンに残る地雷原
アフガニスタンに残る地雷原。赤と白の二色の石の白側が安全な場所である。国内にはまだまだ多くの地雷や不発弾が残されている。
■もっと長い目でアフガニスタンを見て欲しい
鈴木の離任後、後任が赴任するまで、カブール事務所の日本人スタッフは宮崎駐在員ひとり。なんとかやってこられたのは、鈴木のスタッフ指導の成果だろう。
「アフガニスタンの学校や義務教育が破壊されてから長い年月が経っている。国全体がまだ復興の緒についたばかり。今、国のシステムが上手く回っていないのは慣れていないせいもある。今欧米がやっているやり方を彼らが習得するためには、もっと長い目で見なくては駄目ではないか」
アフガニスタンの本格的再建開始からまだ5年。「成果は出ていないという評価もあるが、NGOや各国政府の支援で、少しずつだが成果はゆっくりと出ていると思う…」夢にまで見たアフガニスタン。「仕事も気候も厳しかったが、自然と人々のもてなしの心は素晴らしかった」鈴木の厳しい人造りは、アフガニスタンの大きな国造りに繋がっていくだろう。
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