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活動報告
タイトル
スーダン駐在員帰任インタビュー
日本から世界へ…NGOは思いを伝える橋渡し
報告者
スーダン前駐在員 高崎 紀子

スーダン前駐在員 高崎 紀子 三重県出身。2004年11月より東京事務所でアフリカ事業を担当。その後2006年10月よりスーダン駐在。大学で経営学と心理学を専攻。金融情報会社で勤務後、米国NGOのエイズ事業立ち上げに参画。その後難民を助ける会へ。趣味は旅行、スポーツ、読書。
報告年月日
2008年1月
北部のアラブ系民族と南部の非アラブ系民族の間で内戦が続いていたスーダン。2005年1月に包括和平合意が締結され、21年にわたる内戦が終わりました。同年8月、避難先から帰還を始めた難民や国内避難民を支援するため、難民を助ける会はスーダンでの活動を開始しました。事業の立ち上げに関わり、その後駐在代表として赴任した高崎紀子。国際協力への情熱や会での活動について話を聞きました。(スーダンの活動についてはこちらをご覧ください)。 スーダンの地図
詳細
「日本人として生まれたこと。生きていく上で、さまざまな選択ができる人生は、すごく幸せだと思います」
現地の人々の声を直接聞くことで、活動の成果がわかる(中央が高崎)
現地の人々の声を直接聞くことで、活動の成果がわかる(中央が高崎)
豪快な笑い声の合間、時おり真剣な表情を見せながら高崎は答える。世界の少しでも多くの人が、そんなチャンスを持てるようになって欲しい。そんな理想を持ちながら、仕事をしてきたのだろう。

高校時代からの夢を実現
内戦後の復興に取り組む人々を取材したドキュメンタリーを見て、国際協力・人道支援に興味を持ち始める。卒業後すぐにイギリスの大学に留学。その後、日本の企業に約2年間勤務した。大学院への進学を考えた末、まずは現場に出て自分を試してみようと西アフリカ・ブルキナファソで米国のNGOのインターンとして働くことにした。「NGOでは、現地の人に一番近いところで仕事が出来るし、住民にきちんと活動の成果が反映されているかが問われるので、厳しいけれども、すごくやりがいがありました」。
 
舞鶴の支援者の方々と(前列右端が高崎)
舞鶴の支援者の方々と(前列右端が高崎)
先進国の現場も見なくてはならない
「最後には現地から撤退する側の人間であるならば、現場だけを知っていれば良いというわけにはいかない」。
初めての国際協力の現場、ブルキナファソではとても有意義な時間を過ごした。しかし、援助する側の国から来ている人間の責任として、その援助をする国の中でNGOがどういう活動をしているのか、どうやって資金を集めているのかを知らなくてはならない。そう感じて、インターンとしての任期終了後、難民を助ける会に入る。

ふつうの人からふつうの人へ
東京ではアフリカを担当しながらも、北海道や大阪、舞鶴、名古屋での活動報告などで、多くのご支援してくださる方々と直接お会いする機会もあった。
 「ご寄付に添えられたメッセージを一つひとつ見てみると、活動を支えてくださる方々の気持ちがすごく伝わって来ました。子どもや個人、企業など幅広い層の方々に支えられていることを実感します。NGOは現場で活動をするだけでなく、先進国の"ふつうの人"から、途上国の"ふつうの人"へ、思いを繋げる橋渡しをしているんですね」。
東京での経験があったからこそ、今現場でその役目を果たしているが実感できるのだという。

思い描いていたものが、カタチになっていく喜び

難民を助ける会が開発した地雷回避教育の教材で、地雷の危険性を学ぶ子どもたち
難民を助ける会が開発した地雷回避教育の教材で、地雷の危険性を学ぶ子どもたち

2005年1月の包括和平合意の後、難民を助ける会はスーダンでの活動をスタートした。東京で関わってきた高崎は2006年10月、スーダンでの業務を開始した。
 事業の統括、膨大な書類のチェックと決裁、そして国際機関や他のNGOとの調整など、代表の仕事は多岐にわたる。広大なスーダン国内や南スーダンの窓口ともなる隣国ケニアの首都ナイロビを行き来し、それぞれの現場や事務所を回る多忙な日々を送った。高崎は何度も自分の限界を感じたが、そこには大きな喜びもあった。
「現地のニーズを調査し、支援内容を決め、プロジェクトを進める。その結果が目に見えるってすごく感動しますよ!」思い描いていたものが、少しずつ現実になっていく。井戸39本(2007年12月現在)が完成し、住民たちは喜んだ。野原に築いた事務所が完成した。その時の嬉しさは忘れられない。ご支援くださる方々の気持ちが、確実に一人ひとりに繋がっている、そう確信できた瞬間だった。

 
難民を助ける会の支援で掘られた井戸。現在も住民たちの手によって、大切に管理されています
難民を助ける会の支援で掘られた井戸。現在も住民たちの手によって、大切に管理されています
「良い思い出が積み重なっていかなければ・・・」
激しい内戦が繰り広げられ、多くの犠牲者を出したスーダン。南北の溝は深い。「戦争の記憶も未だ新しく、まだ双方の恨みは消えそうにない」南北を行き来し、その溝を肌で感じてきた。
 その溝をすぐに埋めることは難しい。「やっぱり、時間が必要です。人々の交流が進み、良い関係が積み重なっていかなければ、お互いに同じ人間なのだと認識ができていかない。本当にわかりあうことは難しい。安定した時間が長く続くことが、平和に繋がっていくのだと思います」

スーダンへの関心を持ち続けて欲しい
「ご寄付に添えられている応援のメッセージはすごくありがたいなぁと思います。スーダンという国があって、そこで日本人が活動している。皆さまから頂いている支援がそこで使われている。その繋がりは、国際社会にとっても非常に意味があること。苦境の中にいるスーダンの人たちにとっても、日本人が自分たちの生活に関心を持っているという事実は、すごく励みになると思います」
 和平合意が締結されたとはいえ、スーダンにはまだまだ多くの問題が残されており、国際社会からの関心と支援が必要とされています。スーダンとスーダンの人々に真の平和が訪れますように。多くの人々が自分の可能性を広げられる社会になりますように。高崎の言葉に改めてそう強く願わずにはいられなかった。 (文:長井美帆子)
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