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ハイチ大地震・速報第8弾 
支援の特に行き届きにくい女性100人に食料を配布しました

約4,500円で、一世帯(約5〜6人)へ1週間分の
緊急支援パック(食糧と生活必需品)を届けることができます。
ハイチ大地震被災者緊急支援のために、どうぞ募金をお願いいたします。

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被災者の女性に支援物資を手渡す五十嵐豪(左)
女性や子ども、高齢者に確実に物資が行き渡るよう、被災した女性100人に食料を手渡した。左はスタッフの五十嵐豪、右の男性はガードマン (2010年2月8日川畑嘉文撮影)

認定NPO法人 難民を助ける会(東京都品川区=理事長 長 有紀枝<おさゆきえ>)の緊急支援チーム(リーダー:大西清人 難民を助ける会事務局次長)が、マグニチュード7.0の大地震に襲われたハイチ共和国の大地震被災者支援のため、1月25日(月)に現地に向け出発。 1月27日(現地時間)に隣国ドミニカ共和国に到着し、約300世帯分の支援物資を調達。同時に 29日にはハイチの首都ポルトープランス入りし、配布に向けた調査を実施、2月1日には支援物資を持って現地入りしました。
2月8日、ハイチの首都ポルトープランスのシテ・ソレイユ地区で100人の女性に食料を配布しました。以下は、川畑嘉文からの報告です。

■女性を通じて支援物資を配布

物資配布の会場に集まったシテ・ソレイユ地区の女性たち
物資配布会場となった集会場に集うシテ・ソレイユ地区の被災女性たち
(2010年2月8日川畑嘉文撮影)

シテ・ソレイユはポルトープランスの中でも最も貧困の厳しい層が住むスラム街のひとつで、治安も悪い地域です。
難民を助ける会は現地の団体と協力し、家をなくしたり家族にけが人がいるなど、 特に苦しい状況にある家庭の女性にクーポンを渡し、食料と交換しました。災害時には女性や子ども、高齢者などは特に弱い立場におかれ、 支援物資も手に渡りにくい傾向があります。そこで女性に手渡すことによって、 物資が子どもなど家族全員の手に渡るよう配慮しました。

 

■「赤ん坊にあたえるミルクも、住むところも、何もかもありません

生後3か月のピエール君
生後3か月のピエール・ペイリン君。住むところをなくし、家族と路上で寝起きする毎日だ (2010年2月8日川畑嘉文撮影)

物資配布の会場に、生後3か月の息子ピエール・ベウリン君を抱くジョセフさん (37歳)の姿がありました。
ジョセフさん一家は夫婦と4人の子どもと暮していましたが、地震で家を失い、いま路上生活を強いられています。

ジョセフさんは、「4人の子どもをかかえて、ピエールに飲ませるミルクも、食べ物も着る物も薬も、住むところさえ、何もかもがありません。夫は地震のあと放心状態で何も手がつかず、子どもたちは学校が倒壊して通えません。もう何も考えられない。絶望的な気持ちです」と苦渋に満ちた表情を浮かべました。

関連記事はこちらをご覧ください。
・ハイチ大地震速報第9弾・いまだ復興の兆しの見えない被災地で、第二弾の物資配布活動中

・ハイチ大地震速報第10弾・岡田外務大臣が被災地を視察

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ハイチ大地震・速報第7弾 
松葉杖25組と歩行器5台を病院に供与しました

約4,500円で、一世帯(約5〜6人)へ1週間分の
緊急支援パック(食糧と生活必需品)を届けることができます。
ハイチ大地震被災者緊急支援のために、どうぞ募金をお願いいたします。

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両手が使えないので頭に荷物を載せて運ぶ被災者
病院ではあらゆるものが足りない。松葉杖もその一つだ
(2010年2月6日川畑嘉文撮影)

認定NPO法人 難民を助ける会(東京都品川区=理事長 長 有紀枝<おさゆきえ>)の緊急支援チーム(リーダー:大西清人 難民を助ける会事務局次長)が、マグニチュード7.0の大地震に襲われたハイチ共和国の大地震被災者支援のため、1月25日(月)に現地に向け出発。 1月27日(現地時間)に隣国ドミニカ共和国に到着し、約300世帯分の支援物資を調達。同時に 29日にはハイチの首都ポルトープランス入りし、配布に向けた調査を実施、2月1日には支援物資を持って現地入りしました。2月4日には、ハイチの首都ポルトープランスの中でも、貧困層が住み、被害が著しいシテ・ション地区の被災者を中心に、200世帯へ食料や生活必需品などの緊急支援パックを配布しました。

2月6日には、ポルトープランスの中心街シャン・ドゥ・マーにあるセルビス・エキュメニック・ダントレッド病院を訪問し、松葉杖25組(子供用松葉杖5組を含む)、歩行器5台を緊急支援物資として供与しました。以下は、川畑嘉文からの報告です。

■苦しい生活が続き、子どもの患者が増加

病院で診察を待つ人々。病院でもあらゆるものが足りない
病院で診察を待つ人々。子どもの下痢や熱などが増え、苦しい生活が子どもたちに悪影響を及ぼしている
(2010年2月6日川畑嘉文撮影)

セルビス・エキュメニック・ダントレッド病院は市内に2つのクリニックを持ち、13人の医師、8人の看護士、30人の薬学生たちがボランティアとして働いています。
クリニックでの診療だけでなく、近所の1万2000人が暮らす被災者キャンプにて訪問診療も行ない、日々の診療患者数は200人を越えます。

ボランティアソーシャルワーカーのウィザ・ローティスさんによると、「最初の頃は打撲、捻挫、切り傷、骨折などの外科患者が多かったのですが、最近は子どもの下痢、熱などの内科患者が増えてきています。被災者キャンプでの苦しい生活が、子どもたちの体に悪影響を及ぼし始めているためでしょう。」

院長のマジョリー・ジョゼフさんは「長期の支援を続けていかなければなりません。そのためには、世界中の人々からの更なる支援が必要です。本当は働いているみんなにお金を支払ってあげたいのだけれども…。最低限、彼らが住む場所を確保させてあげるために、テントが必要です。さらに訪問診断をするための薬や診断用具を入れるメディカルケースも必要。足りてないものをあげていったらきりがないわ」と話していました。

見渡す限りの廃墟が地震の凄まじさを物語る
見渡す限りの廃墟が、地震の凄まじさを物語る(首都ポルトープランス市内)
(2010年2月4日 川畑嘉文撮影)
■支援の舞台裏は…
緊急支援チームや支援物資は、こうしてハイチ入りしています。
隣国ドミニカ共和国とハイチの国境地帯 国境地帯から物資をハイチに運び込む人々
隣国ドミニカ共和国とハイチの国境地帯。黄色いバスには難民を助ける会の支援物資が
(2010年2月1日 大西清人撮影)
国境地帯から支援物資をハイチに運び込む人々の姿も (2010年2月1日大西清人撮影)
ポルトープランス空港 空港の外で飛行機を待つ乗客たち
ポルトープランス空港。軍用機および緊急支援用チャーター機が並ぶ (2010年2月5日 大西清人撮影) 空港の建物に亀裂が入り、乗客は屋外で飛行機を待つ。大半はアメリカからのキリスト教系ボランティア
(2010年2月5日 大西清人撮影)

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ハイチ大地震・速報第6弾 
貧困層の200世帯へ緊急支援物資を配布しました

約4,500円で、一世帯(約5〜6人)へ1週間分の
緊急支援パック(食糧と生活必需品)を届けることができます。
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「待ち望んだ水と食料でした」支援物資を受け取る被災者の女性
「待ち望んだ水と食料でした」
被災者の女性へ食料と生活必需品のセットを渡す難民を助ける会の五十嵐(右)
(2010年2月4日川畑嘉文撮影)

認定NPO法人 難民を助ける会(東京都品川区=理事長 長 有紀枝<おさゆきえ>)の緊急支援チーム(リーダー:大西清人 難民を助ける会事務局次長)が、マグニチュード7.0の大地震に襲われたハイチ共和国の大地震被災者支援のため、1月25日(月)に現地に向け出発。 1月27日(現地時間)に隣国ドミニカ共和国に到着し、約300世帯分の支援物資を調達。同時に 29日にはハイチの首都ポルトープランス入りし、配布に向けた調査を実施、2月1日には支援物資を持って現地入りしました。
2月4日には、ハイチの首都ポルトープランスの中でも、貧困層が住み、被害が著しいシテ・ション地区の被災者を中心に、200世帯へ食料や生活必需品などの緊急支援パックを配布しました。

地震で怪我をし、松葉杖をついて受け取る被災者も
地震で怪我をし、松葉杖をついて受け取る被災者も(右は大西)
(2010年2月4日川畑嘉文撮影)

緊急支援パックの内容は以下の通り:
食料:米(4.5s)、豆(900g)、ビスケット(12枚入り1パック)、食用油(約4リットル)、魚缶(1缶)、ソーセージ缶(1缶)、飴(1袋)、水(500ml×2本)、ロングライフ・ミルク(1リットル)、ロングライフ・フルーツジュース(200ml×2本)
生活必需品:バケツ(1個)、石鹸(4個)、タオル(大1枚)、洗濯粉(400g)、女性用ナプキン(10個入り)、食器洗い用スポンジ(1個)、ロウソク(15本)、マッチ、トイレットペーパー(4ロール入り)

人々は事前に配布したクーポンと引き換えに、順番に支援物資を受け取る
シテ・ション地区は貧しい人々が暮らす迷路のようなスラムの一角。支援の行き届かない世帯を優先し、緊急支援パックを配布した
(2010年2月4日 川畑嘉文撮影)
配布の順番を校庭の外で待つ人々
支援物資の配布は近所の小学校の校庭で実施。混乱が起きないよう、人数制限をして順番に呼び入れたため、順調に配布することができた
(2010年2月2日 川畑嘉文撮影)

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ハイチ大地震・速報第5弾 
「崩壊した学校の下に、まだ児童10名が…」

約4,500円で、一世帯(約5〜6人)へ
緊急支援パック(食糧と生活必需品)を届けることができます。
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崩れた学校の前で先生にインタビューする当会大西と五十嵐
被災地で学校の先生に聞き取り調査を行う大西(左から2人目)と五十嵐(同3人目)後に見えるのは崩壊した学校跡
(2010年2月2日川畑嘉文撮影)

認定NPO法人 難民を助ける会(東京都品川区=理事長 長 有紀枝<おさゆきえ>)の緊急支援チーム(リーダー:大西清人 難民を助ける会事務局次長)が、マグニチュード7.0の大地震に襲われたハイチ共和国の大地震被災者支援のため、1月25日(月)に現地に向け出発。 1月27日(現地時間)に隣国ドミニカ共和国に到着し、約300世帯分の支援物資を調達。同時に 29日にはハイチの首都ポルトープランス入りし、配布に向けた調査を行いました。2月1日には支援物資を持ってハイチの首都ポルトープランスに入り、4日より配布を行っています。

以下は、緊急支援チームの川畑嘉文からの報告です。

■小学校が全壊。「児童10名が行方不明なのです」
首都ポルトープランスのション地区で、全壊した公立小学校の前でセルジ先生(50歳・男性)から話を伺いました。
「地震が起きたときは、ちょうど授業を行っていました。逃げ遅れた子どもたちもたくさんいた。今も児童10名が行方不明になっています。瓦礫の下に埋まっているのではないでしょうか」、と力なく語っていました。
「私のおばも足の怪我を負い、隣国ドミニカ共和国の首都サントドミンゴまで運ばれ手術をしましたが、結局切断することになってしまいました。この地域も被害が大きく、住民は路上にテントを張って生活をしています。」

■震災で逃げ遅れ、右腕を怪我

震災で右腕を怪我したフローレンスさん(中央)とその子どもたち
震災で右腕を怪我したフローレンスさん(中央)とその子どもたち。後に写っているのは全壊した小学校
(2010年2月2日川畑嘉文撮影)

フローレンスさん(39歳・女性)は、「震災時、家にいて壁と天井が崩れてきましたが、逃げ遅れたために右腕を怪我してしまいました。
子どもたちが無事でいてくれて、本当に良かった。」
震災時の様子を辛そうに話してくれました。

■丘陵地帯に建てた家がすべて崩壊

崖に建てれらた家は、地震ではひとたまりもなく崩壊してしまう
崖に建てれらた家は、地震ではひとたまりもなく崩壊してしまう
(2010年2月2日川畑嘉文撮影)

丘陵地帯であるポルトープランスは、崖に家を建てている場所が多いため、地震によりほぼ全ての家が倒壊。被害が広がってしまいました。
行方不明者数はいまだ把握できていません。

■避難キャンプの環境は悪化の一途。伝染病蔓延の危惧も

妹(左)のために食べ物を探し歩くラリーベリーピエールさん
地震で顔に怪我をしたロリーベティーピエールさん(右)。4ヵ月の妹(左)のために食べ物を探し歩く
(2010年1月29日川畑嘉文撮影)

ロリーベティーピエールさん(14歳・女性)とその妹(4ヵ月)です。
「震災時、私は買い物に出ていて、倒れてきた柱で顔を怪我しました。額にあるのはその時の傷です。」
見ると、額に傷跡がなまなましく残っていました。
「私と4ヵ月の妹は怪我ですんだのですが、家にいた父は、崩れてきたレンガの下敷きになり、亡くなりました。」

「今、私は避難キャンプに暮らしていますが、学校は全壊してしまったので、勉強もできません。毎日を食べ物を探し歩く日々です。」

今彼女のしたいことは?
「この国から出て行きたい。行き先はどこでもいいです。」
その言葉が忘れられません。

避難キャンプは人で溢れ、ゴミも回収されておらず、環境が悪化する一方です。
今後、雨が降り始めるため、ブルーシートなどの防雨用具も必要とされます。また、現在でも蚊が多く、雨が降り始めれば伝染病を運ぶ蚊が発生することが危惧されま
す。今後、食料だけでなく、環境面での対策も急務です。

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ハイチ大地震・速報第4弾 
「お父さんが死んだ。もうここにはいたくない」

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ハイチ大地震で崩壊した建物
見渡す限り、地震で崩壊した建物が。まるで戦争直後のような光景だ
(2010年1月30日川畑嘉文撮影)

認定NPO法人 難民を助ける会(東京都品川区=理事長 長 有紀枝<おさゆきえ>)の緊急支援チーム(リーダー:大西清人 難民を助ける会事務局次長)が、マグニチュード7.0の大地震に襲われたハイチ共和国の大地震被災者支援のため、1月25日(月)に現地に向け出発。
1月27日(現地時間)に隣国ドミニカ共和国に到着し、約300世帯分の支援物資の調達を開始しました。同時に 29日にはハイチの首都ポルトープランス入りし、配布に向けた調査を行いました。
以下は、緊急支援チームの川畑嘉文からの報告です。

■鼻をつく腐敗臭・戦争直後のような光景
1月29日、ハイチの首都ポルトープランスの街に到着すると、遺体こそ見当たりませんでしたが、ものすごい腐敗臭が鼻をつきました。まだ倒壊した建物の下敷きになったままの人がたくさんいるのだといいます。
被災者たちの目はうつろで、時折笑顔を見せるものの、眼は笑っていません。少しも揺れていないのに、突然おびえたように建物の外に逃げ出してくる人もいます。住民たちの地震の恐怖と苦しみははかり知れません。私はこれまでアフガニスタンをはじめ紛争の現場を数々歩いてきましたが、ハイチの光景はまるで戦後のようでした。

■地震の翌日に救出されるも、妹は怪我で入院。父親は助からず…

地震で一命はとりとめたものの、父親を失ったクリストファーくん(12歳)
地震の翌日に救助されたクリストファーくんは、
学校だった瓦礫の上で、放心していた
(2010年1月30日川畑嘉文撮影)

ポルトープランス近郊ペチョンビル市で支援物資配布に向けた調査を行いました。

がれきの上でぼんやりとしていたのは、クリストファー君(12歳)。ここは彼の通っていた学校で、授業中に地震がおこり崩壊。彼は、柱の下敷きになって翌日に救助されました。しかしお父さんは地震で亡くなり、妹はけがで入院中です。

将来はエンジニアになりたかったというクリストファー君は、助け出されてからは毎日何もせず、ぼーっとしているといいます。「お父さんが死んで、毎日泣いていた。もうここにはいたくないよ」

■貧しい地域、地震がさらに追い打ちを

仮のテント暮らしをする被災者たち
地震で家が崩壊し、仮のテントで暮らす被災者たち
(2010年1月30日川畑嘉文撮影)

ペチョンビルにある被災者キャンプのひとつです。ここは非常に貧しい人たちが住むエリアで、崖を切り崩して家を建てていました。そのため、今回の地震で崖崩れがおき、多くの家が崩壊し、多数の住民が命を落としてしまいました。
国際支援は少しずつ入っているものの、被災者の人数に比べてまったく足りていません。

支援物資を求めてむらがる人々 被災者の数に比べ、圧倒的に支援が足りない
支援物資を求めてむらがる人々
(2010年1月30日 川畑嘉文撮影)
被災者の数に比べ、圧倒的に支援が足りない(2010年1月31日川畑嘉文撮影)
瓦礫の前で呆然と立ち尽くす 時折笑顔は見せるものの、子どもたち本来の元気さはない
廃墟の前に呆然と立ち尽くす人の姿が目に付く (2010年1月30日 川畑嘉文撮影) 子どもたちにも笑顔はあまりない
(2010年1月30日 川畑嘉文撮影)

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ハイチ大地震・速報第3弾 
約300世帯分の支援物資を調達し、現地入りしました

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■テント生活の被災者へ、緊急支援物資を配布します

地震で左足を失った女性
ポルトプランス郊外の病院にて。
地震で左足を失った女性が苦悶の表情を浮かべていた。こうした障害者への支援も必要です
(2010年1月29日川畑嘉文撮影)

認定NPO法人 難民を助ける会(東京都品川区=理事長 長 有紀枝<おさゆきえ>)の緊急支援チーム(リーダー:大西清人 難民を助ける会事務局次長)が、マグニチュード7.0の大地震に襲われたハイチ共和国の大地震被災者支援のため、1月25日(月)に現地に向け出発。

1月27日(現地時間)に隣国ドミニカ共和国に到着し、約300世帯分の支援物資を調達。 29日にハイチの首都ポルトープランス入りしました。
各世帯に配布を予定しているファミリーパックの内容は以下の通りです。
食料:米(4.5s)、豆(900g)、ビスケット(12枚入り1パック)、食用油(約4リットル)、魚缶(1缶)、ソーセージ缶(1缶)、飴(1袋)、水(500ml×2本)、ロングライフ・ミルク(1リットル)、ロングライフ・フルーツジュース(200ml×2本)
生活必需品:バケツ(1個)、石鹸(4個)、タオル(大1枚)、洗濯粉(400g)、女性用ナプキン(10個入り)、食器洗い用スポンジ(1個)、ロウソク(15本)、マッチ、トイレットペーパー(4ロール入り)

今後、順次支援物資を配布してまいります。

支援物資の調達に奔走する難民を助ける会の大西と五十嵐 水が引くのはいつのことか
ドミニカ共和国内のスーパーマーケットで、緊急支援物資の調達に駆け回る東京事務局の大西(右)と五十嵐。大量の水を買い込む(2010年1月27日 川畑嘉文撮影) サントドミンゴで支援物資をパッキングし、トラックに積み込む。いざ、ハイチの被災者のもとへ(2010年1月31日川畑嘉文撮影)
ポルトプランス、ペチョンビル地区にて
ポルトープランス、ペチョンビル地区にて。町のいたるところにテントが建てられ、キャンプが形成されている。家が全壊しなかった人々も余震に怯え家に戻るのを避け、テント暮らしをしている。環境は劣悪でゴミの回収なども行われていないため、今後伝染病が流行する可能性もある。この辺りは崖を切り開いて家を建てているため、雨期が始まれば更なる被害が広がることは必至である。2010年1月30日。川畑嘉文撮影)
地震で家を失いテント生活の人々
ポルトープランス、ペチョンビル地区にて。このテントの中では十人以上が暮らしていた。 このテントは余裕がある方で、殆どは大人が横になって寝ることもできない状況
である。
2010年1月30日。川畑嘉文撮影)
テントで暮らす子どもたち
ポルトープランス、ペチョンビル地区のテントで暮らす子どもたち。この地域ではフランスの支援団体によって水が配給されていた。インフラが整うのは程遠く、長期の支援が必要になるだろう。2010年1月30日。川畑嘉文撮影)

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ハイチ大地震・速報第2弾 
緊急支援チームが現地へ向け出発しました

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■一刻も早く、被災した方々のために

認定NPO法人 難民を助ける会(東京都品川区=理事長 長 有紀枝<おさゆきえ>)の緊急支援チーム(リーダー:大西清人 難民を助ける会事務局次長)が、ハイチ共和国の大地震被災者支援のため、1月25日(月)に現地に向け出発しました。到着次第、物資配布など支援に向けた調査を開始します。

1月12日(現地時間)にマグニチュード7.0の大地震に襲われたハイチでは、甚大な被害に対しまだまだ支援が足りていません。それに伴い、治安の悪化も報道されています。難民を助ける会緊急支援チームのメンバー4名は、これまで緊急・復興支援などに携わった経験をもつスタッフです。これまでの経験を活かし、安全に充分配慮しながら、1人でも多くの被災者に必要な物資を届けていけるよう、活動を行ってまいります。
派遣スタッフ紹介
大西 清人(おおにし きよと) 大西 清人 (おおにし きよと)
難民を助ける会 事務局次長

2004年から2年間、アフガニスタンに駐在し、地雷対策活動に従事。またパキスタン大地震(2005)、レバノン空爆(2006)、ミャンマーサイクロン(2008)、フィリピン台風(2009)で緊急支援を担当。(広島県出身)
五十嵐豪 五十嵐 豪(いがらし ごう)
難民を助ける会 プログラム・コーディネーター

2009年9月より難民を助ける会海外事業担当としてカンボジア、スーダン事業を担当。2009年10月よりフィリピンにて台風被災者支援に従事(東京都出身)
デスモンド・モロイ

Desmond John Molloy (デスモンド・モロイ)
難民を助ける会 エマージェンシー・アドバイザー

2007年までハイチの国連PKOの武装解除部長として最前線で活動に従事(アイルランド出身)

 

川畑 嘉文(かわばた よしふみ)
難民を助ける会 プログラム・コーディネーター

カメラマンとしてアフガニスタンや2009年のスマトラ島沖地震の被災地など、数々の紛争・災害の現場で活動(千葉県出身)

 

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速報! ハイチ大地震 緊急支援の実施を決定

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■職員を派遣し、調査活動を開始します

1月12日(現地時間)、カリブ海地域のハイチ共和国を、マグニチュード7.0の大地震が襲いました。首都(ポルトープランス)は壊滅的な被害を受け、人口1000万の同国で死者は10万人、被災者は300万人にのぼるともいわれています。

難民を助ける会は被災者への緊急支援を決定。現地に職員を派遣して調査を行い、物資を配布する予定です。

これまで2004年のスマトラ島沖地震、2008年ミャンマー・サイクロン、また昨年9月の末のフィリピン台風およびスマトラ島沖地震などで、障害者など災害に特に弱い方々を中心とした支援を行うなど、数々の緊急・復興支援活動を行ってきました。その経験を活かし、一日も早く被災者に支援を届けてまいります。
どうか皆さまの温かいご支援をお願いいたします。

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