駐在員・事務局員日記

日本:「虎舞」をめぐる物語

2011年12月28日  日本
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執筆者

盛岡事務所
及川 亮

2011年5月より盛岡事務所勤務。大学中退後、輸入代理店、観光関連企業、社会福祉協議会、IT関連企業で勤務し、4つのNPO法人理事を歴任。趣味は子育て(岩手県出身)

記事掲載時のプロフィールです

「太鼓が流されて......」
ことの始まりは9月の末、小林さんのこぼした一言でした。
小林益實さんは、岩手県沿岸部の大槌町に本部を置く障害者施設「わらび学園」の理事長です。すぐ南隣りの釜石市にあったわらび学園分園の建物は今回の震災で完全に失われ、通所者7名と職員2名が死亡または行方不明という大きな被害を受けました。
難民を助ける会では、震災後も大槌町で活動を続けるわらび学園に、何度も物資配付に伺っていました。でも、私が太鼓の話を聞いたのはこの日が初めてでした。
「太鼓って、和太鼓ですか? 何に使ってたんですか?」
私の質問に、小林さんは詳しく話をしてくれました。

三陸の伝統芸能「虎舞(とらまい)」が結ぶ地域のきずな

虎舞のようす。黄色い虎2頭が跳ねる

鵜住居青年会による虎舞。虎が笹で牙を磨くようすを表す「笹喰み」の踊り

三陸海岸の漁師町には、広く「虎舞」という郷土芸能が伝えられています。獅子舞のような虎の装束を2人で操り、太鼓、手平鉦(てびらがね)、笛のお囃子にのせて、力強く、威勢よく、虎が跳ね踊ります。虎は「一日に千里を行って千里を帰る」と言われ、火を抑える力を持つとされるその姿には、漁の無事と火の用心の願いが込められているそうです。

わらび学園の分園のあった釜石市の鵜住居(うのすまい)でも、虎舞は盛んに演じられていました。学園の通所者の方達は、練習を積み重ね、毎年秋の学園祭や地域のお祭りなどで、近隣の皆さんに虎舞を披露してきたのです。虎舞は、わらび学園と地元の方々をつなぐ、大切なイベントでした。

小林さんの言う「流されてしまった太鼓」とは、この虎舞を支える楽器のことでした。

太鼓を求めて

新川太鼓店で太鼓を前に、新川さんと及川

太鼓を作ってくださった大船渡の新川さん(左)。工房はかろうじて津波を逃れました。右は盛岡事務所の及川亮(2011年10月21日)

豊かな恵みをもたらす海、時に牙をむく海。虎舞には、そんな海と代々向き合い続けてきた岩手の人々の想いが込められています。わらび学園の方々が伝統の虎舞をこれからも受け継ぎ、虎舞を通じて地域との交流を深められるよう、難民を助ける会ではわらび学園に太鼓を送ることを決めました。

太鼓は地元で作ってもらおうと工房を探しまわり、ようやく見つけたのが大船渡市の「新川靴太鼓店」でした。店主の新川さんは、靴屋を営む傍ら、太鼓の製作を請け負っています。ご自宅兼工房は大船渡市盛町にあり、津波の被害は免れました。本来虎舞には二つの太鼓が必要なのですが、今回の予算では小さいもの一個が精一杯かと思っていました。しかし新川さんに事情を話したところ、それは断れない、とおっしゃって、通常のほぼ半額で、大きい太鼓を一つ作ってくださったのです。なんとお礼を言っていいかわかりませんでした。心からの感謝の気持ちをこめて握った新川さんの手は、とても温かかったです。

虎舞にかける三陸の人々の想い

太鼓は無事完成し、わらび学園に届きました。しかし、もう一つ問題がありました。虎舞装束の顔部分、肝心の「虎頭」が無いのです。太鼓とともに津波で失われてしまったので、制作者に頼んだところだが、注文が殺到していて完成がいつになるか分からないとのこと。学園祭のときだけでもどこかから借りられないかと私は方々に電話をかけましたが、なかなか手配は付きませんでした。しかし、途方に暮れていたところに一本の電話が来ました。地元、鵜住居(うのすまい)の虎舞青年会代表、土沢さんでした。

「お電話をいただき、青年会会員で集まって話をしました。私たちも虎頭と太鼓を津波で失っています。今作ってもらっているが、手に入ったとしても、虎頭は神事で使うものなので、貸し出すことはできません。申し訳ない。」
「しかし、わらび学園さんのことは以前から知っています。話し合いの結果、我々で虎頭をもう一揃え発注し、わらび学園さんに贈呈することにしました。少し待っていただけますか。」

虎舞青年会の皆さんはほとんどが自宅を失い、土沢さんも仮設住宅住まいです。にもかかわらず、このお申し出をくださったのです。虎頭の費用は難民を助ける会から、と申し出ましたが、きっぱり断られました。
「虎舞は漁師町の心ですから。」
皆さんの志に、私は電話口で泣きました。

明日に向けた、小さな虎舞

新しい太鼓と小さな虎頭で舞う

足りない楽器はあるもので代用。今年も虎舞ができました(2011年10月28日)

わらび学園の今年の学園祭には、新しい太鼓1つと、お飾り用の小さな虎頭が用意されました。小林さんが太鼓を叩いてみると、「いい音だなー」と皆さんから笑みがこぼれます。学園の皆さんは、太鼓と、鼓笛隊用の小太鼓と、鉦(かね)の代わりのパイプ椅子と、小さな虎頭とで、虎舞を舞いました。

「小さな虎舞だけど、それでもいい。一歩踏み出せたんだから。」私はつぶやきました。

この情熱は、必ず明日につながって行くと思います。虎舞を通じた皆さんの絆に関わることができ、感謝しています。ご協力いただいた皆さま、そして難民を助ける会の支援者の皆さまに、心より御礼申し上げます。

太鼓を囲んで記念写真

今年の虎舞を終えたわらび学園の皆さんと。右端が理事長の小林益實さん、左端が盛岡事務所の及川亮(2011年10月28日)

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