駐在員・事務局員日記

「私が南スーダンを選んだ理由」梅田直希-これから国際協力の分野を目指す人たちへ(1)

2013年12月03日  職員紹介
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執筆者

南スーダン事務所
梅田 直希

2011年8月より南スーダン駐在。短大卒業後、イギリスの大学に留学し開発学とアフリカ学を専攻。民間企業勤務、ウガンダでのボランティア活動を経てAARへ。趣味は映画観賞と読書。愛知県出身。

記事掲載時のプロフィールです

南スーダン駐在3年目の梅田直希。彼女は最初から活動地の中でも南スーダン駐在を希望してAARに入りました。なぜそこまで南スーダンにこだわるのか、国際協力を志したきっかけは?これからNGOや国際協力の世界を志す方へのアドバイスも含め、梅田直希が語ります。(聞き手:広報担当 伊藤)

原点は、おばあちゃん

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Q.どんな子どもでしたか?「3歳年上の兄といつもいたずらをして、よく怒られていました。小学校低学年までは、まるで男の子のようでした」

Q.国際協力の世界に入ろうと思ったきっかけは?

私が子どものころ、同居していた私の祖母が、アフリカやアジアの子どもたちの里親をしていたんです。祖母が亡くなった後は、両親が今も続けています。そのため、幼いころから、折りに触れてその子どもの写真や手紙を見せてもらいました。日本以外の国で生活しているお友達もいるんだなぁと思い、次第に世界に関心を持つようになりました。今思えば、それが最初のきっかけかと思います。

短大を卒業後、イギリスの大学で開発学とアフリカ学を専攻しました。卒業後は民間企業で働きましたが、やはりアフリカで、とりわけ南スーダンで支援活動を行いたいという強い気持ちがあり、AARの門を叩きました。

南スーダン出身歌手との出会い

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大学の卒業式。お世話になったアフリカ学部の教授と

Q.なぜほかの国ではなく、南スーダンで支援活動がしたいと思ったのですか?

私はイギリスの大学に通っていたころ、ラジオ番組を作るサークルに入っていました。番組の取材を通じて、南スーダン共和国(当時はスーダン共和国南部)出身の歌手と知り合いました。彼は、祖国の内戦中に少年兵となり、飲まず食わずで何日も過ごし、友人が飢えで倒れていったり、敵兵に殺されたりするのを目の当たりにしたそうです。そんな彼を助けてくれたのがイギリス人女性でした。その後、隣国のケニアに逃れた彼は、教会でゴスペルと出会い、音楽を通じて平和を訴えたいという想いから歌手になり、イギリスに渡りました。

「彼女のお蔭で自分は今ここにいる」という彼の人生は、自分とさほど年齢も変わらないのに、自分のこれまでの人生となんと違っているのだろうと思いました。また、南スーダンの人々の過酷な現実について、今まで自分が何も知らなかったこともショックでした。この友人を通じて、自分にとってアフリカの一国でしかなかったこの国が、ぐっと身近に感じられました。それ以来、「もっと南スーダンについて知りたい。自分ができることをしたい」と思うようになりました。

生まれてからまだ2年のこの国で、私ができることを

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「南スーダンでは、水くみは女性の仕事です。子どもを背に抱えながら20キロの水を頭に乗せて運ぶ女性たち。そのたくましさに圧倒されっぱなしです」

Q.実際に南スーダンに赴任してみて、いかがですか?

まだまだあらゆる面で支援が足りていないと実感します。AARは、安全な飲み水を手に入れられない人々のために井戸や給水塔の設置と、下痢や感染症から身を守るために手洗いやトイレの使用を促進する衛生教育活動を行っています。

私は主に衛生教育の担当で、毎日学校や地域の人々と関わりながら、どうやったら衛生の大切さを伝えられるか、得た知識を日常生活に取り入れてもらえるか、試行錯誤しています。

でも足りないのは水や衛生面の支援だけではありません。先日、南スーダンの首都ジュバの病院に行く機会がありました。そこには、最低限の治療さえ受けられない人たちがたくさんいました。重症な患者を寝かせるベッドさえなく、不衛生な床の上で苦しむ人がなんと多くいることか。医者も看護師も、給料が払われていないときもあり、目の前に患者がいるのに帰ってしまうこともあるのです。日本では助かる命がここでは失われていきます。日本とは、医療の面でも最低ラインがこんなに違うんだと愕然としました。

以前、当会の南スーダン人スタッフが、南スーダンのことを「赤ん坊」と表現していて、印象的でした。独立してまだ2年と少しのこの国では、とにかくあらゆるものが足りていません。AARの活動を通じて自分ができることをしようと、あらためて思いました。

扇風機もない事務所です

ウガリをおかずと一緒に、直接手で食べます

Q.南スーダンでの生活って、どのようなものなのでしょう?

朝晩は冷え込むこともありますが、日中は暑くて40度近くにもなります。事務所や住居には扇風機もないので、ひたすら暑さに耐えながら仕事をしています。

食事は南スーダン人スタッフの手料理で、ウガリ(トウモロコシの粉を練ったもの)やチャパティ(クレープ形のパン)を主食に、牛肉、鶏肉、スクマと呼ばれる青菜、モロヘイヤなどのおかず1-2種類が付きます。味付けは塩やコンソメに近い調味料を使うことがほとんどで、とてもシンプルです。野菜がなかなか手に入らないところが残念です。また、マラリアにかからないように、朝晩は長袖長ズボンを着用するようにしています。

事務所では地下水が使えるので水には不自由していませんが、お風呂がなく水浴びなので、温かいお湯とシャワーがとても恋しくなります。休日は主に読書や映画のDVDを見て過ごします。ときどき、徒歩30分ほどの街に出かけたり、南スーダン人スタッフのお家にお邪魔することもあります。

家族に「なぜ、あなたなの?」と聞かれて

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手洗いやトイレ使用の大切さを伝える衛生教育のビデオを作成中。脚本・演出・監督すべて梅田直希。出演する生徒たちに演技指導もします

Q.ご家族は南スーダンへの赴任について賛成でしたか?

南スーダンへの赴任が決まったときに、家族にこう聞かれました。「日本にもたくさん困っている人がいるのに、なぜ南スーダンの人たちを助けるの?それに、なぜあなたがわざわざ行く必要があるの?」私の中で、赴任後しばらくはその言葉がずっと引っかかっていました。
でも、南スーダン3年目の今は吹っ切れました。幼いころからこれまで、さまざまな人や環境とのめぐり合わせがあって、今、私はここにいます。そのめぐり合わせが導く先で出会う人々のために、自分ができることをしていけばよいと思っています。

「自分で壁を作らないで」

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可愛い近所の子どもたちの笑顔に癒されることも

Q.これから国際協力の分野を目指す若者へ、メッセージやアドバイスがあれば。

将来、国際協力の分野で働きたいと思っている学生は、「海外経験がないから」とか「社会人としての経験を積まないと」など、いろいろと考えてしまいがちな人もいるのではないでしょうか。でも、それ以外にも道はいくらでもあります。自分で壁を作らずに、知り合いの人にとにかく自分の希望を話してみるとか、まずはNGOのインターンに応募してみるとか、いろいろな方法でチャレンジしてほしいと思います。

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