駐在員・事務局員日記

「ぼくがAARを選んだ理由」五十嵐豪-これから国際協力の分野を目指す人たちへ(5)

2014年06月30日  職員紹介
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執筆者

東京事務局プログラム・マネージャー
五十嵐 豪

イギリスの大学を卒業後、8年の民間企業勤務を経て、2009年9月よりAARへ。東京事務局でアフガニスタン、ケニア、シリア難民支援などの事業を担当。ハイチ大地震、東日本大震災、フィリピン台風などで緊急支援活動に従事。36歳(東京都出身)

記事掲載時のプロフィールです

AARのスタッフがどんな想いで国際協力の世界に飛び込んだのかを紹介するこのコーナー。第5回は、数々の緊急支援の現場で指揮を執る、プログラム・マネージャーの五十嵐豪です。東京事務所では、終始冗談を言いながら周囲を和やかにするムードメーカー。また誰よりもペンギンを愛し、身の回りは関連グッズで溢れています。そんな彼が国際協力、そしてNGOを目指したきっかけとは?(聞き手:広報担当 伊藤)

5歳のときに青天の霹靂

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「国際協力に目覚めたきっかけは、5歳のときに見たテレビのニュースです」(2014年6月)手元にはお気に入りのペンギンのぬいぐるみが

Q.イギリスの大学で国際政治学を専攻したそうですが、もともと国際協力に関心があったのですか?

母が若いころから学生運動に参加するなど社会問題に関心の高い行動派の女性だったので、母の影響はあったと思います。2~3歳ぐらいのときに母に連れられてデモ行進に参加した記憶も残っています(笑)。でも、決定的だったのは5歳のとき。家で寝転がって見ていたテレビに、エチオピアの飢餓を伝えるニュースが流れたのです。テレビの向こうでは、自分と同じくらいの年齢の子どもが死んでいき、一方のぼくはテレビのこちら側で平和に暮らしている。「この差は一体なんだ」と。小学生になってからは、戦争と平和や途上国について調べるようになりました。

「社会も知らないのに、何が世界平和だ」

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まだあどけなかった中学1年生のころの本人(写真左・1990年秋)しかし高校3年生では羽目を外し過ぎ退学寸前に(写真右・1995年10月)

Q.その後はひたすら国際協力の道を進んだのですか?

それが、中学生でちょっとやんちゃをし過ぎまして(笑)。高校ではほとんど学校に行かず、行っても授業中は寝ていました。悪友たちはほとんど中退し、ぼくも退学寸前でした。でもあるとき、自分勝手な生き方で周りの人を深く傷つけていることに気がつき、目が覚めたのです。

当時高校3年生だったぼくは改心し、「これからは世界平和を実現しよう」と決意。国際政治学などを専攻できる大学に入ろうと思いました。けれど調べてみたところ、日本の大学の入試科目には、自分が入学後学びたい内容とは直接関係のない科目がありました。それなら自分の興味のあるテーマの小論文を書くだけで入れる大学を探そうと、海外の大学を目指しました。

晴れてイギリスの大学の国際政治学部に入学できましたが、そこからが大変でした。海外の大学は入学するよりも卒業する方が大変と言われますが、ぼくの大学は特にそうでした。留年は認められず、ひとつでも単位を落とすと即退学です。ぼくの学年は約100名が入学し、卒業できたのは約20名だけでした。ぼくもなんとか卒業することができました。しかし、日本に一時帰国して自分の学んだ国際平和論を自慢げに親友に話したところ、あっさりこう言われました。「まだ社会に出てもいないお前に何がわかる?平和って、それを学んだ一部の人間だけがつくるものじゃない。この世に生きているみんなを巻き込んで、はじめてできるものだろう」。彼は高校を中退しましたが、社会人として立派に働いていました。その彼に、自分はまったく言い返す言葉がありませんでした。

ビジネスの世界で3年、その後国際協力の現場へ

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UNHCRのインターンとしてガーナの難民キャンプで難民1人ひとりに聞き取り調査をする本人。当時はスキンヘッドでした(左・2006年7月)

Q.それで、大学院進学の予定を変更して就職を?

はい。世界平和を実現するなら、あらゆる人を巻き込もう。それならまずはビジネスの世界へ飛び込もうと、イギリスの飲食店で3年、マネージャーとして働きました。日本食をアレンジした高級レストランで、健康志向のセレブなどが通うような店でした。その店舗を任され、従業員の雇用から指導、労務や財務管理、対外折衝や組織運営についてなど、多くを経験することができました。そこでの経験が今もおおいに生きています。

3年経って、今度こそ国際協力の現場に行こうと、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のインターンとしてガーナで半年間活動しました。そこでの主な仕事は難民キャンプの運営管理でした。キャンプの運営には、難民1人ひとりの事情に応じた支援を決めるために聴き取りをする仕事も含まれます。

過酷な経験を経て来た人たちから話を聴くのは、とても辛い仕事でした。聴き取りを始めた当初は過度に感情を移入してしまい、「父親が目の前で首を斬られた」と聞けばその晩自分が首を斬られる夢を見ましたし、レイプされた話を聞けば、夢で自分が襲われ、うなされました。しかし、無意識の防衛本能からか、次第に聴き取りをしても何も感じなくなっていきました。難民の人たちの話を機械的に聞き、誇張がないか、嘘をついていないか、ときどき冷静に質問して確かめている自分に気づき、愕然となったのです。その後も、感情的になったり、冷徹になったり、気持ちが大きく振れました。

「お前は戦争を知らない。でも平和の素晴らしさを知っている」

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ガーナ難民キャンプで一緒に働いたUNHCRの仲間たちと(左から4人目が本人。2006年7月)

Q.難民キャンプでの一番の思い出は?

あるとき、ひとりの難民の少女に出会いました。彼女は当時17歳ぐらい。顔には深い傷痕がありました。戦禍を逃れて祖国リベリアから弟を連れて逃れて来た彼女は、自分の一生を呪い続けていました。そんな彼女にぼくは、「落ち込むのはわかるけど、きみはまだ若いじゃないか。未来はこれからだよ」と励ましたのですが、彼女はぼくを睨んでこう言いました。「あなたは両親を目の前で殺されたことがある?銃弾が飛び交う中、命からがら逃げたことがある?何人もの人から襲われたことがある?私のなにがわかるの。あなたには、ここが嫌になっても逃げる場所がある。でも私にはここしかない。ここが人生の終着点なのよ」。

PTSD(心的外傷後ストレス障がい)により赤ちゃん返りをする10歳ぐらいの弟を抱えながら生きる彼女と、戦争をまったく経験していない自分。彼女の気持ちを本当には理解できるはずがないのに、軽はずみな言葉をかけてしまった自分を恥じました。世界平和を求めながら、少女ひとりさえ助けられない。無力感に襲われたとき、元ガーナ軍の兵士である年配の同僚が慰めてくれました。「確かにお前は戦争を知らない。でもそれは良いことじゃないか。お前は平和がどんなものかを知っている。それを世界中に広めてくれ」。以来、彼の言葉が常にぼくの支柱です。

想いのこもった100円が嬉しい

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2011年に民謡歌手としても活躍するカナダ人の女性と結婚。辛い海外の現場にいても、日本から精神的に支えてくれます(2011年6月)

Q.そして今はAARを通じて平和を世界に広めようと?

そうです。AARはまだまだ成長途中のNGOですが、スタッフが声を上げれば反映される柔軟性がありますし、型にとらわれない支援ができる団体です。これからは、その支援の質を上げていきたいです。日本のメディアが注目しないような国で災害や紛争が起きたとき、AARが最初に飛び込んで現状を伝えられるように。また、障がい者支援や感染症対策などの地道な支援も、「AARがやっているから、きっと意味のあることなんだな」と思ってもらえるように、信頼される、そして発信力のある団体にしたいです。

AARなどNGOの何より良いところは、支援くださる方の気持ちがこもったご寄付で活動できることです。ご寄付くださった一人ひとりの想いを現場へ届けるつもりで活動しています。

いろんな人の意見を聞き、多様性を受け入れて

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ぼく自身も「知ってるつもり」にならないよう、いつも自分をいましめていきたい(2014年6月)

Q.これから国際協力の分野を目指す人たちにアドバイスがあれば。

常に好奇心を旺盛に持ってほしいです。そしてアンテナを張ること。情報過多な時代なので取捨選択する知恵と知識、経験が必要ですが、そうして得た情報が、いつかきっと役に立ちます。一見、国際協力に関係ない分野にも、ヒントは転がっていますから。そして、そのためにはいろんな人の意見を聞くことが大事ですね。例えば、宗教が異なれば正義に対する考え方も異なるように、民族、国籍、世代が違っても考え方は異なります。自分が偏った考えに陥らないよう、常に疑問を持ち、多様性を受け入れようとする気持ちが大切です。そういうわけで、ぼくもいろんな人の意見を聞こうと、飲み屋に通います(笑)。飲み屋ではあらゆる人間が集まって本音を吐くから面白い。学生の皆さんだったら、あえて国際協力にまったく関心のない学部の人たちと交流し、国際協力をどう広めたら良いか、自分の発信力を高める練習をしても良いかもしれませんね。

ぼく自身もこれまでの経験だけに頼らず、これからも常に好奇心を持って、いろいろな人たちと関わっていきたいです。

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