駐在員・事務局員日記

理事長ブログ第10回「NGOであること~憲法記念日を前に」

2015年05月01日  理事長ブログ
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執筆者

AAR理事長
長 有紀枝(おさ ゆきえ)

2008年7月よりAAR理事長。2009年4月より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授。2010年4月より立教大学社会学部教授。

記事掲載時のプロフィールです

AAR理事長、長有紀枝のブログです。

ネパールで大変な災害が発生しています。皆様からお寄せいただいておりますご支援に心より御礼申し上げます。

現地では緊急支援とともに、今、現在も救出活動が進行中です。刻々と状況の変わる、現在進行形の状況が続いておりますが、亡くなられた方を悼み、また被災されている方々に心からお見舞い申し上げます。

AARはネパールに事務所はありませんが、第一陣で現地入りしたアジア統括の岡山典靖さんは前職にて、ネパール駐在の経験があるベテラン職員です。奥様がネパール人でそのご親族がカトマンズ在住ということもあり、岡山さんはネパールの地理に明るくネパール語にも堪能です。この岡山さんを先頭にAARでは、現地の方の声をよく聞き、他の援助団体とも調整しながら、皆さまからお預かりしたご支援を大切に、最大限生かす支援活動を行ってまいりたいと思います。引き続きご支援のほど、どうぞ宜しくお願い致します。

AARは、今回のネパール支援がまさにそうであるように、日本の皆さまの募金、企業や団体様からの寄付金、外務省など税金を原資とする助成金、日本政府が拠出金を出している国連機関の契約金などに支えられ国際協力活動を行う、日本生まれの、「非」政府組織(Non-Governmental Organization)、NGOです。今日は、国際NGOの役割やNGOであることはどういうことかを考えたいと思います。

NGOという言葉は使わずとも、こうした国際協力団体の歴史は古く、18世紀後半にさかのぼることができます(講義録や論文ではありませんからこのあたりの歴史的な展開は省きます)。今日の、国際協力NGOの役割としては、いろいろと指摘ができますが、ここではひとまず、6つに分けてご紹介したいと思います。

まず第1に、大規模災害や紛争が起きた際の緊急支援において、被災者の方々に命をつなぐためのモノやサービスの提供者、プロテクションと言われる保護の提供者、そして開発支援・平和構築の担い手としての役割があります。

第2に国際公共財といえる多国間条約や国際的な制度作りの担い手としての役割もあります。AARは、世界90ヵ国の千を超えるNGOの連合体「地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)」の主要なメンバーの一つとして、1997年の対人地雷禁止条約の策定とその後の条約の普遍化(未締約国にも広げること)や実施において、賛同国と連携しつつ、大きな役割を担いました。クラスター爆弾禁止条約もしかりです。2006年に採択され、2008年に発効した「障害者の権利に関する条約」についてもNGOが大きく関与していますし、またAARが直接関係したわけではありませんが、環境問題をはじめ、1998年のICC(国際刑事裁判所)設立ローマ規程と「ICCを求めるNGO連合(CICC)」なども特筆されるべきものです。

第3に、 世界各地で頻発する人権侵害や、武力紛争下で文民の保護をうたった国際人道法(武力紛争法)違反のモニターとしての役割も重要です。

第4に、AARも柱の一つとしていますが、国内外での広く一般の方々に向けての国際協力や特定課題に関する啓発活動、そして、政府や企業に対するアドボカシー(政策提言)活動も重要です。

第5に、これはあまり知られていないかもしれませんが、紛争や対立のある世界で、その地に根差した活動をしている地元の組織、女性団体、あるいは国際協力NGOが、表で交渉する政府関係者の舞台裏で、信頼関係に基づく、政治的目的をもたない調停者としての役割を担うこともあります。政府間のトラック1に対する、トラック2ともいわれるものです。

個人的には、日本政府や日本のNGOが、宗教による対立、部族間の対立、イデオロギーの対立、そうした対立や衝突の狭間で、こうした役割を担える日がくることを強く願っていますし、そうあれるように努力していきたいと考えています。

そして6番目、これは4番目のアドボカシ―と重なる部分がでてきますが、オルタナティブな政策の提案者としての役割です。これは、ある国連関係者と雑談していた際に、(今は、国連事務次長補にまでなっておられる、中満泉さんですが)NGOの役割は何か、というテーマになった時に英国の外交官の言葉として紹介されたものです。その外交官が言われたそうです。「NGOがいなくては困る、彼らは、常に政府の取る政策に対して、代わりとなる、別の選択肢、オルタナティブな政策を提示してくれる重要な存在だから」。

政府がNGOのいう通りにする、というわけではありません。NGOも政府に対してただただ反対する、というわけでもありません。もちろん真っ向から対立する意見を提示する場合もあるでしょう。ただ政府がとった選択肢とは、別の選択もありうるということを、別の見方もできるということを示すことによって、政府は、(健全な、まっとうな政府であればのお話ですが)、その意見を聞き、自分たちの取った政策の位置、強みや、弱点、あるいは犠牲にしたことに気づき、評価し、修正するという作業が可能になります。政府の体制によっては、自国のNGOが言えない場合には、外国から入った海外のNGOが発言する場合もあるでしょう。

民主主義の基本、でもあるかもしれません。オルタナティブな政策を提示できること、これもNGOの強みであり、義務でもあると思います(もとより、何でもかんでも、提示するわけではなく、それぞれの組織が、自分たちが強みとする領域での発言です)。

こうしたNGOの役割を考える際、敗戦から70年の今年、太平洋戦争と広島・長崎、そして「フクシマ」を経験した国のNGOとして、あるいは市民として、自らの立ち位置を今一度問い直す作業が、日本人一人ひとりにとって重要であるように、私たち日本のNGOにとっても重要だと考えています。

自戒を込めて申し上げるのですが、日本の多くの国際協力NGOには、過去との断絶、つまり、太平洋戦争や第二次世界大戦という過去からの断絶があるのではないかと常々思っていました。

たとえば欧州の代表的NGOが第二次世界大戦のナチ・ジェノサイドに対し、様々な理由から赤十字国際委員会が沈黙したことに対して、強烈な反省に立って自らの立ち位置や政府との関係を築いているのに対して、日本の、海外での国際協力を主な活動とするNGOには戦争とのつながりが希薄です。

第二次世界大戦、太平洋戦争を経験した日本人としてというより、「宇宙船地球号」の一員、世界市民の一員として出発した場合が多いように思います。

たとえば、私たちの地雷対策を考えてみます。AARは、地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)の一員として、世界大の地雷廃絶、日本の地雷廃絶に大きな影響を及ぼす活動をしました。しかし、カンボジアやラオス、アフガニスタンに残された地雷、不発弾については、積極的な運動を展開しても、日本軍が中国に残した遺棄化学兵器に対しては、いかなるキャンペーンも行うことはありませんでした。

こうした事実を改めて顧みながら、私たち日本のNGOだからこそできること、すべきことを、憲法記念日を前に改めて考えていきたいと思います。(2015年5月1日)

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