駐在員・事務局員日記

理事長ブログ第15回「組織のカラー(2)迷ったときは前に進む~そして、ある決断」

2015年06月04日  理事長ブログ
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執筆者

AAR理事長
長 有紀枝(おさ ゆきえ)

2008年7月よりAAR理事長。2009年4月より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授。2010年4月より立教大学社会学部教授。

記事掲載時のプロフィールです

AAR理事長、長有紀枝のブログです。

もうずっと以前、今は80人近くになったAARの職員が、まだ私も含め2人しかいなかった頃のことです。何か事業のことで、答えが出ずに議論していたのだと思います。当時事務局長だった柳瀬房子現会長がこう言いました。「ねえ、こう考えてくれないかなあ。考えて考えてそれでも答えが出ないときは、前に進む方を選んでくれない」。とても印象的で、私たちは、(もう一方の選択肢を取るべき理由もたくさんありはしましたが)前に進む方を選択しました。以来、これは、何か決断を迫られた時の、最後の最後にとる方法であり、最終的な意思決定をする際の、堀江事務局長と私の一つの指針です。

「石橋を叩いて渡る」ということわざがあります。あるいは慎重さのたとえで、「石橋を叩いて渡らない」とか、慎重すぎて、「石橋を叩いて割る(!)」というジョークもあります(笑)。では、AARはどうか。もちろん、危機管理・安全管理の対策は別ですが、それを除けば、私たちは石橋というより、ゆらゆらゆれる吊り橋や、細い切れそうなロープを、いかに渡るかを考える方です。申し上げるまでもなくそれは、危ない吊り橋や切れそうなロープを渡ることが好きな人間の集まりだからではなく、渡ったその先に、私たちがすべきこと、ささやかではあっても、私たちにできることがあるからです。

ある自然災害の支援を緊急に開始することが決まった時、既に手一杯だった事務局の職員から、「どうして、今、この事業をするのか?」と問われたことがあります、堀江良彰事務局長の答えはシンプルでした。「我々は可能な限りやるのが使命。やらないときには、いろいろな理由―災害の規模とか、自分たちのキャパシティ・能力との兼ね合いとか、資金とか、さまざまな理由を考えるけれど、やるときに理由はいらない」。きわめて、AAR的です。

こんなこともありました。一般的に危険度が高いとされる地域での活動に関して、現場に展開しているチームと東京の担当職員からの許可願いです。AARが得意分野とするある分野が危機的状況にあり、現地の政府、地元コミュニティ、国際機関からも支援の要請を受けている。被害は甚大で一刻を争う。これまでのAARの経験からも、現地にいる駐在員の経験・力量からも十分対応可能な事業である、ぜひとも活動を開始したい、という訴えです。インターネット回線を使用した現場と東京との緊張感漂う電話会議になりました。現地からの、せつせつとした訴えを聞いた後で、私は、やはりその地のリスク、危険が大きすぎると判断し、NOを伝えました。私たちは日本の皆さまのご寄付や税金に支えられる組織です。NOという意思決定の背景として、現場にいては伝わってこない、日本の社会の、NGOをとりまく環境についても伝えました。

その日の電話会議は、現場の苦境を日々目の当たりにし、あきらめきれない現場のチームからの、「東京の判断も日本国内の状況もわかったけれど、改めて現地の情勢に関する文書を送りたい」という言葉とともに、重苦しい雰囲気で終わりました。回線を切ったあと、片付け作業をしながら、現場と、東京との間に入ってなんとか着地点を見出そうとしていた海外事業部長の名取郁子さんが、「こんな風に、援助団体が活動できるスペースがなくなっていったら世界はどうなってしまうのだろう。私たちの存在意義そのものもなくなってしまう」と悲壮でした。いつも気丈な百戦錬磨の彼女の目に、少し涙が浮かぶのが見えた気がしました。

それから数日。現場のチームから約束通りの文書が送られてきました。現場のチームに、東京の担当職員、名取事業部長までも協力したという、やる気十分の、総力戦で仕上げたと思われるレポートです。現地の信念と、あきらめない姿勢が伝わってくる渾身の内容で、さまざまな援助機関からの情報などをもとに、冷静かつ詳細な現状分析を展開した上で、援助の必要性を、とても丁寧に説明した説得力のある文章でした。

レポートからも、一般的な意味では、想定される危険な事象が起こりえないことはよくわかりました。もちろん、状況はどうあれ、渡るのは石橋ではなく、吊り橋です。しかし、その吊り橋は、こちらの希望的観測や思い込みではなく、頑強でしっかりとしていて、また私たちが渡り方をよく知っている吊り橋のようでした。とはいえ、一歩引いてみれば、これは平時の晴れ渡った空の下の横断歩道の渡り方ではなく、非常時の、それも領域全体が大荒れ模様の天気の中で、この場所だけは、天候が落ち着いていて、今後も天候は変わらないだろうという、限定的な天気予報がたてられている場所にかかっている吊り橋の渡り方です。

これまでであれば、YESと言えた状況かもしれません。しかし援助団体を取り巻く環境は変わっています。支援活動のために、どこまでのリスクを私たちは背負うのか。本当に何も起きないと想定できるのか。YESという理由もNOという理由も同じくらいあります。従って、この問題は、考えて答えがでる問題ではなく、一通り考えたあとは、誰かが「決断」し「判断」するしかない領域です。理事会に諮る重要事項も沢山ありますが、日々のオペレーションでの意思決定は、堀江事務局長と、そして最終的には、理事長としての私の仕事です。 冒頭の柳瀬会長の一言に戻ります。「迷った時、考えて考えてそれでも結論がでないときには前に進む方を選ぶ」。しばし間をおいてから、私は、決断をしました。

国連機関や政府機関の大規模な支援に比べたら、日本のNGOの支援は小さな小さな支援だと思います。しかし、国連機関や政府機関にしかできないことがあるように、日本のNGOが直接届ける支援だからこそ、できることがあり、初めて伝わるものもある。「厳しい現場を知る私たちNGOがもっと発信して、日本の皆さんに世界の現実や、私たちの取り組みや挑戦を伝えること、そして、その取り組みや挑戦そのものが、ひいては、日本という共同体とそこに住む私たちを守ることにもつながるのではないかと思う」とは先の名取さんの言葉です。 日本の皆さまに支えられ、私たち日本のNGOが、直接現場で行う国際協力は、軍事力とは別の意味で、日本を守る安全保障の一翼を担っていると思うのです。

(2015年6月4日)

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