駐在員・事務局員日記

理事長ブログ第51回:世界難民の日に

2021年06月17日  会長ブログ
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執筆者

長 有紀枝

2008年7月よりAAR理事長。2009年4月より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授。2010年4月より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科・立教大学社会学部教授。2019年10月より立教大学副総長(茨城県出身)

記事掲載時のプロフィールです

AAR理事長、長有紀枝のブログです。

「歴史の針を巻き戻すことができたら」
 難民支援をしていると、また研究者としてホロコーストやジェノサイドについて研究していると、そういう、せん無い思いに駆られることがあります。

 紛争前、陽気で快活だった少年が、空爆で足を失った兄に代わり一家を支えるため、同じ空爆で高額な治療費が必要になった妹の治療費を工面するため、傭兵としてリビアにわたり無残な死を遂げた話を聞いた時。
 性奴隷や戦利品として捕らえられた女性や少女が、数年前までごく普通の家庭の主婦や勉学に励んでいた女子学生だと知った時。父親を目の前で殺され、誘拐された少女がついこの間まで甘えん坊のお父さん子だったと知った時。
 粉々に破壊され、戻る家も故郷もなく難民として海外に暮らすシリア人が600万人という途方もない数を超えると聞いた時。取り返しのつかない事態のなかにいる大勢の人々は、数年前まで、私たちと同じ「普通」の日常を送っていた人々だと、ふと気づくとき。

 東日本大震災の発生から10年を迎えた今年2021年は、同時にシリア危機の発生から10年の年でもあります。アラブの春と言われたあの年、民主化を求める平和的なデモは、急展開し、今や、死者・行方不明者数約60万人、国民の二人に一人、約1200万人が難民あるいは国内避難民として故郷や国を追われる「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれる事態に発展しました。
 あの時、あの年、早い時期に事態が収束できていれば・・・。それを阻んだロシアの罪は深いという人もいますが果たしてこのような事態を招いた責任はどこに、誰にあるのでしょう。

 先日、拙著の増補版『入門 人間の安全保障』(2021年中央公論新社)を読んだという高校3年生から、連絡をいただきました。特に「保護する責任」論の中の「予防する責任」に関心があるとのこと。私に投げかけられたのは、「主観的基準に基づく判断は介入する国が不当に内政干渉する余地を作り出すのではないか」という真摯な問いかけでした。
 私のお返事は、少し現実的過ぎたかもしれません。「ご指摘は重要だけれど、しかし、現実には、『保護する責任』『予防する責任』、あるいは『人道的介入』といった概念や理論があるから『主観的基準に基づく』介入が発生するわけではなく、 介入する側に、その国独自の介入する目的や意図や戦略があり、そのことを正当化するために、その時々で、都合のいい理論や言葉が使われるのではないか」。そして、拙著の国連憲章の安全保障理事会の権能を解説した頁を紹介しました。

 国連憲章第7章第39条は、安保理常任理事国5ヵ国(P5=米中ロ英仏)に、平和に対する脅威や侵略行為などが実際に行われたのかどうか、その「存在を決定する」権限を与えています。何が脅威か、あるいは何が脅威でないか、これらを「主観的」に判断するお墨付きを現在の国際社会は(より正確には、国連憲章に同意し国連に加盟した193の国々とその国民は)P5に与えているのです。
 テロリスト国家、独裁国家と呼ばれるような国のみならず、国際の平和と安定にもっとも責任ある国々が、難民問題の元凶を創り出すような事態も発生しています。やろうと思えばなんでもあり。主観的介入と同時に、主観的な非介入も可能になるのが、現在の国際社会の枠組みです。

 その世界を少しでもよい方向に変えようと、国連機関が調停を試み、機能不全を何とか改善しようと、国連改革が模索され、さまざまな国際理論や枠組みが提示されています。しかし、そうした試みが成功したとは言い難く、完璧な対策も理論も存在しません。もし、そうしたものが存在するなら、人類史上、もっとも高度な文明を享受する現在の先進世界で、難民や国内避難民の総数が推計で8000万人を超え、歴史上最多になるという事態に陥るはずがありません。「魔法の杖」のように国際問題を解決する理論や、国や世界的指導者は、これまで同様、これからも出現することはないでしょう。

 私は質問をくれた高校3年生に、「そうした極めて不安定、不安全な国際社会に生きていることを、この本や、これから出会うであろう沢山の本から学び、何ができるかを考え続けていただきたい」と伝えました。

 私たちが今日している難民支援が、世界の難民問題を解決することはありません。歴史の針を巻き戻すことも、難民・国内避難民となった人々の生活をもとに戻すことも、亡くなった人たちをよみがえらせることも、失った手足をもとに戻すことも、障がいを負った人々の体をもとどおりに戻すことも、壊れてしまった心をもとの快活な、何も知らなかった頃に戻すことも、できません。そう、どんなに望んでも、東日本大震災の前の状態に被災地が戻ることがないように、難民の人たちの生活が、もはやもとに戻ることはないのです。

 しかし、世界難民の日を前に、改めて申し上げたいと思います。

 絶望しても、世界は何も変わらない以上、ため息をつきながらでも、暗澹たる思いを抱えながらでも、それでも前に進むしかない、私たちにできることを一つひとつ、続けていくしかないのです。それをせずに諦めたら、世界は今以上に不安定で、不安全な場所になっていくから。

 国家間の枠組みは矛盾に満ちています。これからも各国政府や非政府主体、有力ロビーや影響力をもつ企業の思惑が絡む非情で非道な場であり、「普通」の生活をしていた市民の生活が脅かされ続けるはずです。しかし、国境を超える「民」、市民社会の力は、それらに対抗するものを作り出しうると信じます。いや、自覚をもつ市民がそうした模索を続けない限り、世界中の誰もが、明日難民になる可能性が、この世界には潜んでいます。地球環境の悪化が待ったなしの状態にあり、私たち誰もがそのことを意識した生活を送るしかないように。

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