駐在員・事務局員日記

理事長ブログ第23回「続・私たちの南スーダン撤退が問いかけること」

2016年01月21日  理事長ブログ
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執筆者

長 有紀枝

2008年7月よりAAR理事長。2009年4月より立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授。2010年4月より立教大学社会学部教授(茨城県出身)

記事掲載時のプロフィールです

AAR理事長、長有紀枝のブログです。

後藤健二さんの殺害からもうすぐ1年がたとうとしています。改めて痛ましい、いたたまれない思いがこみ上げますが、この事件は、このブログで再び問題提起させていただこうとしている、邦人の安全管理という課題と、切っても切り離せない事件です。
あの事件は、日本人一人ひとりに大きな影を落としました。事件そのものの痛ましさもさることながら、「日本に対する9・11」とのご指摘もあったように、ISから安倍首相、そして日本、日本人そのものが名指しで、脅迫されました。
日々、過熱化する報道の陰で、大きく違和感を覚えたことがありました。後藤さんご本人がジャーナリストとして最も伝えたかったであろう、シリアの方々、シリア難民の方々の命や生活についての報道が、大々的に報道された後藤さん、そして湯川陽菜さんという2人の日本人の命の陰にすっぽり隠れてしまったかのように思えたからです。

自国の民や同朋を最優先する、特別視するという姿勢はどこの国でも同じです。しかし、現在の日本政府の、日本のNGOに対する姿勢は、開発や人道援助分野に多大な貢献をしている先進ドナー諸国のいずれの国とも異なるものです。もちろん、こうした傾向は現在に始まったことではありません。1970年代初頭より、赤十字やNGOによる紛争地の国際協力に携わってきた当会の吹浦忠正・特別顧問は、バングラデシュの独立戦争でも、ベトナムでも、カンボジアでも、メディアや在外公館、青年海外協力隊、JICA、すべてに関わる「日本独特の超安全主義」には、常に失望し、がっかりさせられてきた、と言います。
しかし、「昔から、ずっと日本はそうだった」では済まされない状況が、現在の日本にはあるように思います。
現在、日本の人道支援NGOに対して取られている方針、つまり国連機関や国際機関、他国のNGOが活動している地域であっても、日本政府が退避勧告を出した危険地へは日本のNGOを行かせないという政策については、これまで外務省の関係部所の方々と、個人的に、または団体として、さらには、私たちが所属するNGOの連合体を通じて、さまざまな機会や場で訴え、あるいは協議を繰り返してきました。国会議員の方々にご相談申し上げたこともあります。
しかし、状況は改善されるどころか、悪化の一途をたどり、私たち人道支援NGOの存在意義そのものが根底から揺るがされる以下のような事態に直面しています。

まず、前回のブログの修正から。

  • ブログの中で「邦人の安全管理の面から、首都であるジュバ以外の、日本人駐在員の常駐は許されていません。」と記しましたが,正確に言えば,首都であるジュバですら,出張ベースでの業務は認められていますが,常駐は未だ許されていない状況です。
  • 以前は(たとえば、アフガニスタン)外務省の資金助成を受けている事業に関しては、外務省の退避勧告を受け入れざるを得ませんでしたが(これを行わないと、助成金そのものを止められます)、例えば国連の契約団体になっていて、資金の出どころが外務省でなければ、その退避勧告に従わず、国連の基準に準じて当該地域に常駐ができました。しかし現在は、外務省の助成を受けていない自己資金事業や国連機関と実施契約を結んだ事業であっても、許されなくなっています。
  • 日本のNGOの危険地での活動は、現地の職員のみで運営したり、駐在員が日本人ではない外国人(たとえば、フランス人やケニア人)であれば、外務省から許可されます。
  • 他方で、日本のNGOの常駐が許されていない地域であっても、国連機関や国際機関、ICRCや他国の国際NGOに務める日本人の場合は、一切制約を受けません。

以上の姿勢、つまり国連・国際機関や外国のNGOで働く日本人は別だが、日本のNGOに所属する日本人の活動は制限する、日本のNGOは保護するという姿勢は、人間の命を守るという意味での「人権思想」とは全く異質のものであるように感じます。現に、「人権思想」が根強い欧州、特に北欧の国々では、危険地に自国のNGOを行かせないのではなく、危険地で、いかにNGOが自らの身を守りながら、受益者の命を守る活動ができるか、という観点から、NGOの安全対策に多大な財政支援を行っています。
もちろん、外務省や政府の方々が、こうした政策をとる背景は、一言では済まされないものがあることは承知しています。現に、私たちNGOの良き理解者であり、「大応援団」でもある、ある政府関係者は、「安全管理の基準の変更を求めるならば、世論を変える努力をしてください」とおっしゃいました。こうした方々の、苦しい胸の内も、あるいはこうした発言をせざるをえない背景も理解できます。
例えば、私たちNGOの意を汲んで、「危険地」とされる所(ただし、あくまでも、国連機関、国際機関、海外の我々同様のNGOが国際職員を置いている地域です)への日本人職員の駐在を許可したとして、不幸にもその現場で事件や事故が起きたら、何が起きるでしょうか。NGOの常駐や立ち入りを許可したのは誰だと、世論のみならず、政治の世界やメディアで「犯人捜し」が始まるのかもしれません。
私たちNGOも「身勝手な行動をとって日本政府・国民に迷惑をかけるNGO」として批判されるかもしれません。あるいは、政府のゆるい安全基準故に犠牲になった「被害者であるNGO」として同情の対象となったり、政府批判の材料の一つとされたりするのかもしれません。「犯人捜し」の矛先は、外務省のみならず、安全基準の国際標準化に尽力くださった国会議員の方々にも向くかもしれません。
もしこれが杞憂ではなく現実であるとしたなら、そこまでの批判やリスクを覚悟の上で、私たちNGOの味方になり、あるいは、日本としてやるべき援助を行うべきだと、文字通り体をはって、安全基準の緩和(しつこいですが、緩和というより、世界標準、国際基準の日本のNGOへの適用)のために尽力くださる方がおられるでしょうか。

現在、日本の人道支援NGOに対して取られている、国連機関や国際機関、他国のNGOが活動している地域であっても、日本政府が退避勧告を出した危険地へは行かせないという政策は、政府が掲げる「積極的平和主義」と大きく矛盾すると感じます。また、軍事力や同盟国による抑止力のみに過度に依存せず、官民をあげて、私たち一人ひとりが大切に守っていくべき、平和国家日本の広い意味での国益にも反すると思われます。そしてさらには、日本の国際協力NGO、人道支援NGOの存在意義にもかかわるものです。
そんな中で、危険地での人道支援や難民支援活動に対しては、日本は国連機関や国際機関にカネだけ出していればよい(その「カネ」・拠出金とて、大きく減額されていますが)、「日本人は、危険なところに行く必要はない、危険地での人道支援活動は、国連機関や、外国人に任せておけばよい」という姿勢では、世界の中の、日本の責任が果たせるでしょうか。
もはや日本は1国では生きていけません。東アジアの小さな島国に住む私たちは、石油やガスといったエネルギーは言うまでもなく、自分自身の体を見ても、その体を作っている食糧の大きな部分を外国に依存しています。海外から輸入される、おびただしい物資や情報の上に、今の私たち日本人の豊かな日々の暮らしがあります。来るべき東京五輪を前に、外国人の観光客を少しでも増やそうという努力も進行中です。


本年1月から、日本は、国連安全保障理事会の非常任理事国を務めています。また国連憲章の改正や国連改革に注力し、日本の常任理事国入りを目指す方々も大勢おられます。
そのように、国際社会の中でしかるべき地位をしめようとする国が、自主的に、誰に強制されたわけでもなく、国際の平和と安全に寄与しようという日本の市民の組織(NGO)にどのように向き合うのか、再考を願いたいと存じます。
政府関係者の皆さまに、そして「世論」を形成する皆さまに、切に、お願いいたします。

蛇足ですが、今回の邦人の安全管理をテーマにブログを書くことは決して思い付きでも気まぐれでもありません。組織の中で、事務局レベルでも常任理事会レベルでも、年単位で議論を重ねてまいりました。たとえ個人のブログとはいえ、前回、そして今回と、このような機微な内容を掲載することの是非についても、堀江良彰事務局長らと何度も話し合い、その上で掲載することといたしました。
(2016年1月20日)

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