駐在員・事務局員日記

「私がAARを選んだ理由」松本夏季-これから国際協力の分野を目指す人たちへ(8)

2015年02月27日  職員紹介
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執筆者

東京事務局広報担当
松本 夏季(なつき)

2012年4月より東京事務局にて広報担当。大学院在学中に国際機関でインターンとして勤務し、卒業後AARへ。趣味は映画観賞、ハンドボール。(東京都出身)

記事掲載時のプロフィールです

AARのスタッフがどんな想いで国際協力の世界に飛び込んだのかを紹介するこのコーナー。第8回は、AAR最年少のスタッフ、広報と国際理解教育(啓発)担当の松本夏季です。主にウェブやイベント企画・運営、学校向けの講演などを担当しています。得意の英語力を活かして海外出張もこなす彼女がAARに入ったきっかけは?(聞き手:広報担当 伊藤)

火事で住む家を失って・・・

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「子どものころから、世界平和のための仕事をしたいと漠然と思っていました」(2015年1月)

Q.国際協力の道を目指そうと思ったのはいつごろからですか?

小学校の卒業文集で「国連職員になりたい」と書いていたので、そのころからなんとなく世界平和について考えていたんだと思います。実は、高校1年生のときに近所の家から出火し自宅が全焼しました。幸い家族は全員無事でしたが、住む家も着る服もなくなり、難民の人たちの大変さを実感しましたし、友達に服を分けてもらったり、周囲のあたたかさも身に沁みました。ちょうどそのころ、UNHCR職員を主人公にした『風に舞いあがるビニールシート』(森絵都著)という小説を読んで、具体的に難民支援の仕事に興味を持つようになりました。

「国連は、今の自分には向いてない」

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インターン時代の上司と。インド人のパワフルな女性でした(2011年9月)

Q.大学では、海外で働こうと英語を専攻したのですか?

高校3年生のときは決意が揺らぎ、心理学を学んでカウンセラーになり悩んでいる人たちを助けたいとも思ったのですが、周囲の人たちから「向いてない」と反対されて(笑)、好きだった英語を学んで国際協力に活かそうと思いました。

大学では学部と大学院を5年で修了するコースで、英語を専攻しながら国際法を学びました。2011年3月に東日本大震災が起きて就職活動どころではなくなってしまいましたが、国連のインターンに運よく採用され、卒業前の半年間はスイスのジュネーブで働きました。子どものころからあこがれていた国連でしたが、実際に行ってみると、国連はスペシャリストの集まりでキャリア志向が強く、ピンチを心から楽しめる人でないと生き残れない場だと感じました。私はスキルも経験もなかったし、そんなに強い自己主張ができる性格でもないし、どうしようかなと。

そんなとき、直属の上司たちから「学校を卒業してすぐ国連に来るのではなく、外の世界もたくさん見た方が良い」とアドバイスをもらいました。私の上司はインド人とスリランカ人の女性で、二人とも弁護士や教師として活躍してから国連へ転職した人たちでした。外部の人間として国連という組織を客観的に見ていた二人からの言葉は、私の胸に響きました。

祖母危篤の知らせを受け帰国

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AARに入職早々、理事を務めるマラソンランナー谷川真理さんの駅伝大会で、AARスタッフとチームで出場。炎天下の中5キロを完走しました(左から4人目が本人。2012年5月)

Q,そして日本へ戻ることに?

ジュネーブにある別のNGOでもう少しインターンしてみないかという誘いもあったのですが、両親に連絡したところ実は祖母の体調が悪化していたことが分かり、帰国を決めました。大学に残って勉強を続けるよりは早く働きたいという気持ちから、すぐに就職活動を開始しました。祖母のこともあり、現場に出るよりも東京で家族と一緒にいられるポストを探しました。

AARのことは名前は知っていましたが「『難民を助ける会』だし、難民支援をしているんだろうな」くらいに思っていました。JICA(国際協力機構)が運用しているPARTNERという国際協力求人サイトで、AARの空席を見つけてからあらためて調べ、活動分野の広さに驚いたのを覚えています。とんとん拍子でAARの面接が進み、大学院を卒業後、広報担当として働くことになりました。

実際に入ってみると、AARのスタッフは気持ちの良い人ばかりで一緒に働いていて楽しいし、大きな組織と違って、入ったばかりでもいろいろな仕事を経験させてもらえます。

最初の3年で数々の貴重な体験

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エイズ対策を行うザンビアの現場では、得意の英語を活かし、HIV陽性者をサポートする地域のボランティアの方にインタビューしました(2013年9月)

Q.仕事の一環で海外の現場にも行きましたね?

はい。ラオスとザンビアの事業地を取材しました。ラオスでは不発弾に苦しむ人たちに直接会って話を聞くことができ、問題の大きさをとても身近に感じました。自分にとって初のアフリカであるザンビアを訪問した際は、英語が公用語なので、AARとともにHIV/エイズ対策に取り組むボランティアの方に通訳を介さず直接インタビューできて嬉しかったです。

また、ジュネーブで行われた「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)」政府専門家会合では、「殺傷ロボット反対キャンペーン(Campaign to Stop Killer Robots)」の一員として、殺傷ロボットの問題について政府やNGOの間で議論する場に参加させてもらいました。このように世界的な枠組みを作る仕事は若いうちはできないと思っていたのですが、NGOなら経験を積ませてもらえるし、海外のNGOの方と議論を交わすことができたのも貴重な経験でした。

国際理解教育(啓発)の仕事では、学校の先生や児童・生徒の皆さんに世界の問題を伝えるので、人前で話す機会が多く、とても勉強になります。また、修学旅行や授業の一環でAARの事務所に来てくれる中高生たちには、国際協力に初めて触れる機会なので大きな責任を感じます。国際協力は「自分には関係ない」と思われないよう、自分にとって身近なことなんだと自然に思ってもらえるように伝えていきたいです。

AARに入ってからの3年間は、自分の経験を積むために仕事をしてきた部分が大きかったと思います。これからは学んたことをAARに還元していきたいです。

「経験は後からついてくる。とにかく挑戦してみよう」

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「学生のころは、当たって砕けるくらいの気持ちが大事」(2015年1月)

Q.これから国際協力の仕事を目指す学生へのアドバイスを。

私は「難民問題」という分野に興味を持って勉強し、就職先を決めましたが、国際協力にはほかにも「緊急支援」や「保健」「医療」などさまざまな分野があるし、特定の国や地域に強く惹かれる人もいるので、視野を広げて勉強しつつ、自分が打ち込めるテーマを探すといいと思います。国連を目指す場合は専門性が必要になりますが、NGOの仕事は多岐にわたるので専門性よりも柔軟性が大事です。いろいろなことに関心を持っていれば、楽しく仕事ができますよ。

私が学生のころは、たくさんOBやOG訪問をして、今から思うと失礼な質問をいっぱいして、自分の悩みをたくさん聞いてもらいました。大人になると好き勝手な質問はできなくなるので、学生のうちにいろいろな人から話を聞いておくと良いかもしれません。経験がなくても私のようにAARに拾ってもらえることもあるので、まずは当たって砕けろという気持ちでいろいろな団体に挑戦してみてください。

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