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東日本大震災(46):瓦礫と土砂とヘドロの中に建つ避難所で

2011年05月11日  日本緊急支援
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時間も季節も感じられない避難所生活

湊中学校の校門近く。津波に流された車がそのままになっている

校門近くには、流れ着いた車が突き刺さったまま放置されていました

震災から1ヵ月が経過した4月12日。壊滅的な被害を受けた石巻港近くにある湊中学校で活動する医師から支援の要請があり、食料や衣類、消耗品などの支援物資を届けに行きました。窓ガラスが割れ、校舎に車が突き刺さったまま瓦礫に埋もれているこの場所が、よもや避難所になっているとは思いもしませんでした。何かが腐敗したような臭いが鼻をつき、マスクをしていても埃がノドにへばりついてきます。

湊中学校全景

湊中学校は石巻港から1kmほどの場所にあり、周囲の建物はほとんどなぎ倒されていました

風が吹けば、土埃が巻き上がり目を開けていられないほど。下水も機能しておらず、校内ではダンボールによる手製のトイレを使用していました。ブルーシートに毛布を敷き詰めた各教室で55名の方が避難生活を送っています。家族毎に教室を割り当てられているわけでもないので、プライバシーも守られていません。電気もなく昼間でも廊下は薄暗いまま。窓から見える景色は瓦礫とそれを撤去する重機の姿ばかりで、避難者の方々も「ここにいると時間も季節も感じることがほとんどない」 とおっしゃっていました。

復興の狭間で、取り残されないために

湊中学校の廊下

昼間でも薄暗いままの廊下。夜になれば、トイレ以外ほとんど動くこともないと語る避難者の方も

避難所の多くの方は帰る家を取り戻すために、疲れた体で土砂とヘドロに埋まった自宅の清掃を行っています。以前は100名以上の方が避難していましたが、今残っているのは、この避難所の近くに自宅がある方ばかり。車を流されてしまったため、徒歩で自宅に行かなければならず、厳しい環境でも自宅まで歩くことのできるこの避難所を離れられないでいます。各地で学校再開の動きが進み、避難所の統合も行われていますが、湊中学校に学校再開の目途は立っていません。いつまでこの生活を続ければいいのか。その後、定期的な物資配付に訪れていますが、インフラ復旧の見通しはなく、自治体から避難所の方々へ今後どうすればいいのか、明確な指示もないそうです。

泥の中から拾い出されたアルバム

泥だらけのアルバムや表彰状。津波は思い出すら奪い去って行きました

自衛隊などによる最低限の物資配付や炊き出しはあるものの、慰問に訪れた芸能人にもほとんど関心を示さないほど、避難所の方々は長い避難所生活に心も体も疲弊しています。お届けした牛乳に「牛乳、久しぶりだなぁ」とつぶやかれていたのが今も耳に残っています。世界中からさまざまな支援が届き復興も進み始めています。しかし、この避難所のようにいまだに劣悪な環境に置き去りにされたまま必要な物資を受け取ることができない人々がいるのもまた現実です。そういった方々が支援から取り残されないように、難民を助ける会はこれからも継続的な活動を行ってまいります。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

東京事務所 小林通孝

2010年より東京事務局勤務。大学卒業後、新聞社、広告会社を経て、難民を助ける会へ。2011年1月~2月にスリランカで洪水被災者への緊急支援に従事。東日本大震災では3月から被災地に入り、支援活動を行う(東京都出身)

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