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シリア難民緊急支援:今も次々と到着する難民の家族、行くあてがありません

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武装組織「イスラム国」が9月19日にシリア北部アインアル アラブ(クルド名コバニ)への攻撃を開始して以来、トルコへ逃れた難民は約1ヵ月で20万人以上に上ります(国連人道問題調整事務所・UNOCHA、2014年10月24日)。AARは難民が集中しているシャンルウルファ県スルチュ郡で、おもに難民キャンプ外に避難している世帯の調査と、食料や生活必需品の配付を実施しています。現地で活動するAARの山本祐一郎が、避難場所に到着したばかりの方々の様子を報告します。

支援が届きにくい、キャンプ外に避難する家族

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コバニからトルコ・スルチュ郡の町に辿りついたボロさん一家から聞き取りを行う、AAR山本祐一郎(左 2014年11月6日)

逃れて来た方々の多くは、廃屋や倉庫などを数世帯で共有しています。床は土やコンクリートの上に毛布を敷いたのみ、雨漏りやひどいすきま風にさらされながら眠っています。ほとんどの方には支援物資が一度も届いておらず、貯金を切り崩して購入したり、避難先の住民から分けてもらって手に入れる水や食料で命をつないでいます。AARは10月22日に現地協力団体のSTL(Support to Life)とともに、まず50世帯に食料と生活必需品を配付しました。現在は次回の配付に向けて難民の方々がどこに何世帯いるのか、調査しています。

写真のワイル・ボロさん(左 34歳)とディラ・ボロさん(右 30歳)夫妻はコバニでは雑貨店を営んでいましたが、戦闘が激しくなり閉店、10月末に避難を開始しました。子どもたち7人と、コバニからトルコ国境まで3日かけて歩き、5日前にトルコに到着。まずはお金を少しでも稼ごうと、親戚のつてでボゾバという町の農家で綿摘みをしていました。そして11月6日に他の家族と一緒にトラックに乗ってスルチュ郡中心部に到着しました。「何もかも失い、今はどんな支援でもありがたい。明日のこと、数時間先のことさえもわからない。将来が不安です」と疲れた表情を見せていました。

やっと辿り着いた場所はすでにいっぱいで・・・

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避難所として使われている葬儀場には調査時には約100名が。昼間は外出している方も多く、実際にはさらに多くの方が身を寄せています(2014年11月6日)

スルチュ郡の町の中心部に避難した方々の中には、空き家や倉庫すら見つけられず、葬儀場や結婚式場として使用されていた場所に身を寄せる方々もいます。私たちが11月6日に調査に訪れた葬儀場には、もう新たな難民を受け入れるスペースはなく、今到着したばかりのボロさん一家を含む三世帯(写真下)は別の場所へとさらに移動せざるを得ませんでした。すでにその葬儀場で避難生活をおくる女性は、涙を流しながら去っていく家族を見送っていました。「助けることができなくてごめんね。早く避難先を見つけてね。お互い頑張ろうね。」ときっと思っていたに違いありません。本当に切なかったです。難民は今も次々とトルコに到着しています。

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ようやく辿りついた避難所に入ることができず、さらに別の場所を探して移動する難民の家族。どの家族もたくさんの子どもがいます(2014年11月6日)

※政治情況に鑑み、登場する避難民の方々やその関係者に不利益の生じないよう、仮名を使っています

緊急募金にご協力ください

募金の受付を開始しました。どうぞご協力をお願いいたします。

郵便振替: 00100-9-600 加入者名: 難民を助ける会
  • 通信欄に「シリア」とご記入ください。
  • 領収証が必要な方はその旨お書きください。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

トルコ事務所駐在 山本祐一郎

2011年11月より東京事務局で勤務。米国の大学を卒業後、英国の大学院、インドネシアでの教育コンサルタントなどを経て、東日本大震災をきっかけに、AARへ。東日本大震災被災者支援、カンボジア、ミャンマー事業などを担当。2014年10月よりトルコ事務所駐在

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