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ハイチ大地震・被災した障害児施設の再建と医療の拡充をサポートしています

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いまだ残る瓦礫の山、迫るハリケーン

復興への道のりは遠い

倒壊した建物の瓦礫が残されたままのポルトープランス市内の様子。(2010年6月5日撮影)

2010年1月12日(現地時間)、中南米地域の最貧国・ハイチ共和国の首都ポルトープランスを、マグニチュード7.0の大地震が襲いました。人口約1,000万の同国で死者23万人、負傷者30万人、総被災者は300万人に上ると言われています。難民を助ける会は、1月から4月にかけて緊急支援として、食料や生活用品、防水シートなどを計5,300世帯(約26,500人)に配布しました。
震災から半年経った今も瓦礫の除去は遅々として進んでいません。再建されたのはごくわずかな施設のみで、現在も多くの被災者が避難所や路上での生活を余儀なくされています。6月に雨季入りしてからは衛生環境もますます悪化しており、今後ハリケーンの到来によって被害が拡大する恐れもあります。
また、ハイチでは地震前から、障害者に適切な支援を提供できる施設が非常に限られていました。被災によって手足の切断を余儀なくされるなど、新たに障害を負った人が急増したにもかかわらず、医療施設の倒壊や医薬品の不足によって、障害者へ提供される医療、福祉がいっそう限られています。そこで難民を助ける会は、障害者の医療・教育を中心に、中長期的な支援を行っていくことにしました。

障害児施設の再建と医療の拡充をめざして

屋根代わりのビニールシートも雨の重みで落ちてきてしまう

被災後の仮教室。雨でテントが飛ばされ授業が中断されることも

難民を助ける会は7月より、ジャパン・プラットフォーム(JPF)の助成を受け、ポルトープランス市最大の障害児・障害者支援施設である聖ビンセント校を支援しています。被災後、同校では防水シートを張ったテントの下で授業を行っています。また、震災で黒板や机、教材の大半を失い、かろうじて残った備品で授業を続けざるを得ない状況です。そこで子どもたちが安心して授業を受けられるよう、仮設校舎を建設し、授業に必要な教材などを整えていきます。
また、聖ビンセント校が運営するクリニックの支援も並行して実施する予定です。被災前、同校では障害者へ総合的な医療サービスを提供していました。しかし、地震で病院が倒壊し、現在は小児科と整形外科のみ、それも規模を大幅に縮小して運営しています。難民を助ける会は、仮設クリニックの建設と医療機材の整備、医薬品の提供を通して、被災前まで運営していた他の部門(先天性内反足専門科、理学療法科、眼科)と、義肢装具を作る工房の再開を支援し、包括的な医療の提供をサポートします。
新たに建設する仮設校舎とクリニックは、通学・通院する人々が利用しやすいよう、バリアフリーの施設となる予定です。

トタン屋根とビニールシートの壁でかろうじて運営

ビニールシートの壁でかろうじて運営しているクリニック

障害児施設の仮設校舎の設計についてスタッフと打ち合わせる丸山駐在員(右)

建築を学んだ駐在員の丸山徹也(右)が建設計画を入念にチェックします

地域全体の医療サービスを向上

室内で診察の順番を待っているハイチの人々

巡回診療の順番を待つ人々

さらに、地域の医療サービスの向上も難民を助ける会のハイチでの活動目標の一つです。地元の団体と協力して医療施設が不足する地域に医師を送り、小規模な孤児院を対象に行われている巡回診療を、医薬品や機材の提供と人材確保の支援を通じて拡充する予定です。
障害者を含む地域住民全体に基礎的な医療を提供することで、障害者が住みやすい地域環境の整備をめざします。

 

聖ビンセント校の視覚障害の子どもたちと

聖ビンセント校の子どもたちと(後列左が駐在員の高橋祐司、一人おいて加藤亜季子、丸山徹也)

 

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

東京事務局 加藤 亜季子

2010年4月より東京事務局で主にハイチ事業とザンビア事業を担当。大学卒業後、民間企業に勤務。英国の大学院で社会開発を学び、政府系研究機関、在外公館勤務を経て難民を助ける会へ。(東京都出身)

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