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南スーダン緊急支援:難民キャンプに入り調査を進めています

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東から、カクマ難民キャンプ、国境の町ナダパル、ジョングレイ州州都ボル

2013年12月より政治紛争に端を発した戦闘が続く南スーダン。大統領派(民族:ディンカ)と前副大統領派(民族:ヌエル)の争いにより、死者は数千人、国内で避難する人は70万人、国外に逃れる人は13万人に上ります<2014年2月3日時点、UNOCHA(国連人道問題調整事務所)>。

AAR Japan[難民を助ける会]は緊急支援のため、2月3日より、難民の流入が続くケニア北西部のカクマ難民キャンプに南スーダン駐在員の梅田直希と土川大城を派遣し、状況の調査を進めています。梅田からの報告です。

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難民キャンプにたどり着いた人々は、食べ物とござ、毛布などを受け取り、この仮テント場で最初の夜を明かします(ケニア・カクマ、2014年2月3日)

カクマ難民キャンプは1992年に設立された、約10万人の難民を収容する世界最大級の難民キャンプです。ここに、連日UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の運行するバスが次々と到着します。バスから降りてくるのは、今回の戦闘により南スーダンとの国境沿いの町、ケニアのナダパルまで逃れてきた人々です。

到着する難民の数は毎日平均400人。ナダバルで予防接種や難民登録手続きを終え、バスでカクマに到着すると、まずは受け入れセンター隣の仮テント場で夜を明かします。

キャンプ内では現地NGOにより住居用のテントが毎日100~200棟のペースで設置され、仮テント場から順番にそちらへ移動します。しかし、昨年末から難民の流入が急増し、住居用テントの設置が追いついていません。センター隣の仮テント場に並ぶテント数も、当初の予定の倍になっています。

逃げる途中で出産。「子どもに与えるミルクが欲しい」

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タビサさん(中央、28歳女性)はやっとの思いでこの難民キャンプに逃れてきました。避難の途中で生まれた男の子(タビサさんの膝の上)は生後1ヵ月です(ケニア・カクマ、2014年2月4日)

南スーダン東部ジョングレイ州の州都ボルは、激戦地のひとつです。そのボルから逃げてきたタビサ・アドック・ワッチさん(28歳・女性)。逃げる途中で産気づいてしまい、たどりついた首都ジュバの病院で出産しました。けれども首都も安全ではないため、出産の4日後、母、4人の子ども、そして妹家族とともにまた避難を始め、数日前にカクマに到着したところです。夫は南スーダンに残って戦闘に参加しているそうです。

2月3日に難民キャンプ内の住居用テントを割り当てられました。しかし、住居用テントに移動したその夜、灯もない真っ暗な中で、強盗に襲われテントのビニールシートが奪われそうになったとのこと。幸い家族の助けがあり無事でしたが、「とても怖かった」と話していました。

着のみ着のままで逃げてきたタビサさんは、食べ物も、何もかもありません。「戦闘のない場所に来て、ほっとしています。けれども、ディンカ民族とヌエル民族の対立がここ(カクマ難民キャンプ)でもあります。ディンガの私たちが水汲みに行くときも、争いが起きることがあります」。「子どもに与えるミルクが欲しいです。食糧はもらえますが、乳飲み子には食べられません」。

「子どもたちの未来のため、故郷には戻らない」

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涙ながらに避難の道のりについて語ってくれたピーターさん(左)。戦闘で亡くなった兄の子と自分の子、合わせて9人を連れてきました(ケニア・カクマ、2014年2月3日。右端はAARの梅田直希)

同じくボルから来たピーター・マジョックさん(男性、30代)もディンカです。家族と親戚を連れて逃げて来たという彼は、故郷のボルでは大工をするかたわら、小さな売店も経営していました。戦闘が始まり、川からボートで逃げましたが、副大統領派(ヌエル)が率いる勢力の砲弾で沈没する船があったり、恐怖に駆られ川へ飛び込む人もいたそうです。

首都ジュバから車でウガンダ国境の町ニムレへ向かった彼は、ニムレに家族と親戚を残し、単身でウガンダ側の難民キャンプを見て回りました。しかしそこにはかろうじてテントはあるものの、食事や生活の支援はありません。これでは生きていけないと判断し、ここ、カクマ難民キャンプに来ることを決めました。

しかしカクマでの暮らしも厳しいものです。カクマに到着してから9日後、やっと受け入れセンター隣の仮設テント場から住居用テントに移動できたというピーターさん。「キャンプでは水が不足しています。もう丸1日以上水を飲んでいません。民族間の確執から水を巡って対立も起きています」。「カクマに着いてから子どもたちのうち3人がマラリアと下痢にかかってしまいました。まだ乳飲み子の息子は目の感染症にかかったようで、痛がって泣いています」と語る表情は、実に辛そうでした。

ピーターさんは「もう二度と南スーダンには帰らない」と言います。「祖国独立のための内戦で、自分は小学校は3年生までしか通えなかった。その内戦で父親は死亡し、兄も今回の戦闘で死んだ。故郷に戻れば、また子どもたちに自分のような道を歩ませてしまう。ここ(カクマ難民キャンプ)では学校に行ける。父も兄も亡き今は、自分が家族の大黒柱。子どもたちの未来に責任がある以上、祖国に戻る気はない」。

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カクマ難民キャンプで、受け入れセンターのリーダーに難民の流入状況を尋ねるAARの土川大城(2014年2月3日)

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カクマ難民キャンプの住居用テントは、難民の流入に伴い急ピッチで増設が進んでいます(2014年2月4日)

AARは、引き続き調査を行い、給水支援や物資の配付など、必要とされる支援を行う予定です。今後の活動についてはホームページなどで随時ご報告します。皆さまのご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

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郵便振替: 00100-9-600 加入者名: 難民を助ける会
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【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

南スーダン事務所駐在 梅田 直希

2011年8月より南スーダン駐在。短大卒業後、イギリスの大学に留学し開発学とアフリカ学を専攻。民間企業勤務、ウガンダでのボランティア活動を経てAARへ。愛知県出身。

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