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フィリピン台風緊急支援:「家族が一緒に暮らせる。それがうれしい」

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家屋の修繕セットを1,631の障がい者世帯に

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バンタヤン島の被災者のお宅に家の修繕セットを運び込むAARの船越雄太(中央)と現地スタッフ(2014年2月14日)

昨年11月8日に猛烈な台風に襲われたフィリピン。被災者は1,600万人を超え、114万棟もの家屋が損壊しました。遅々として進まない復興、失った生計手段など、被災者を取り巻く環境は、依然として厳しいままです。

AARは3月末までにレイテ島とセブ北部の3,147世帯(約15,000人)に食料を配付したほか、これまで障がい者のいる約1,631世帯に家屋の修繕セットを提供しました。内容は、トタン板6枚、壁用の合板4枚、柱用の木材8本(セブ島では木材の代わりに合板を6枚)、釘やのこぎり、金づちなどの道具類です。被災した方たち同士が助け合い、少しずつ家が建ち始めています。

AARの支援が家を建て直す意欲をくれた

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再建したノーラ・デカクルスさんの家。屋根や壁などにAARが提供した資材が使われています(2014年3月7日、レイテ島カバラサンダク村)

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ジョシュアくん(左、13歳)は足に変形があり、歩くのが不自由です。「家族が一緒に住めてうれしい」(2014年3月16日、レイテ島カバラサンダク村)

レイテ島パロ市のカバラサンダク村に住むノーラ・デカクルスさん(女性、32歳)は、夫と子ども4人の6人家族。台風で家は全壊、しばらく避難所に身を寄せた後、元の家の裏手にビニールシートや拾った材料でテントを作ってそこで暮らしていました。2月にAARから修繕セットの提供を受け、夫の兄弟の力も借りて、一軒家を建て直すことができました。足りない資材は自分たちで廃材などを探して補っています。ノーラさんの夫は日雇いのため、毎日町まで仕事を探しに出かけています。生活は依然として厳しいですが、「家族全員で一緒に暮らせる家があってうれしいです」と笑顔で話してくれました。

ノーラさん宅のように家が完成したお宅もあれば、まだ資材が足りずに道半ばという家もあります。そうしたお宅でも、「AARの支援が家を再建する意欲を持つきっかけになりました。これから少しずつ資材を買い足して再建を目指します」と、皆さん力強く語っています。

障がい児施設の修繕支援も始めています

タクロバンの「ジーザスキッズ療育センター」は、知的障がい児などのための私立学校です。台風で建物全体が大きな被害を受けました。2月に学校を再開したものの使える施設はごく一部で、いまだに多くの子どもたちが登校できずにいます。「被災のトラウマに加え、日常生活や環境の変化は障がい児にとって大きなストレスです。それが、急に泣き出したり物を投げるといった行動につながっています」と校長先生。AARは子どもたちが通学を再開できるよう、3月から修繕支援を行っています。

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通学を再開した11歳のジャミーくん。早く元の元気を取り戻してほしいとお母さんは話します(2014年3月10日)

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学校は6メートルにおよぶ高波に飲み込まれました(2014年2月6日)

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「家屋再建の支援をしてくれたのはAARだけ」。配付された資材で建築途中の家の前で笑顔を見せるフェデリコさんご夫妻(2014年3月16日、レイテ島カンサンバン村)

もともと経済的に貧しい暮らしをしていた方たちが、台風で大切な家族やわずかな財産も失ってしまいました。それでも何とか自力で元の生活を取り戻そうと、前を向いて明るく生きる姿に、たくましさと強さを感じています。

地域によっては今も、ビニールシートをかぶせているだけの家が多く立ち並んでいます。AARは今後も家屋の修繕セットを配付するとともに、損壊して機能しなくなった福祉施設や学校の再建支援も行っていきます。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

東京事務局 柿澤 福郎(かきざわ ふくろう)

2013年5月より東京事務局で主にアフガニスタンの地雷対策事業を担当。2014年2月からフィリピンで緊急支援に従事

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