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AAR Japan特別インタビュー「コロナ禍の今こそ思いやりを」デヴィ・スカルノ夫人

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コロナ禍の今こそ思いやりを

デヴィ夫人がインタビュアーに向かい話している

新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界中で感染者1,000万人/死者50万人を超え、日本でも感染者1万9,234人/死者985人(6月28日現在)に上る未曽有の危機が続いている。日本や世界の社会・経済活動に与えた打撃は大きく、今なお出口は見えない。難民支援などのチャリティ活動に取り組み、その影響力を生かして独自のメッセージを発信するデヴィ・スカルノ夫人に想いを聞いた。

(聞き手:AAR Japan 中坪央暁/2020年6月12日にインタビュー)

「真面目な国民性」感じた

――日本では緊急事態宣言が解除され、「新しい生活様式」への移行が始まったものの、新型コロナの感染拡大は続いています。日々どのようにお過ごしですか。

デヴィ夫人 不要な外出を控えて、なるべく家におります。それまでテレビや講演などの仕事で毎日とにかく忙しかったのですが、私はすぐ環境に適応してしまうんです。これは逆にチャンスだと思って、溜まっていた古い書類や手紙、写真を整理したり、ゆっくり絵を描いたり。私がずっと家にいるので、うちの10匹のワンちゃんたちが一番喜んでいるみたいですね(笑)。

世界規模の感染症と言えば、ちょうど100年ほど前、第一次大戦の直後に「スペイン風邪」が世界中で流行して、日本でも当時の人口の4割が感染し、約39万人が死亡したそうですね。スペインで発生したと勘違いされますが、実際は米国で始まって、米軍が戦争に行った欧州に持ち込まれ、不衛生な兵舎や塹壕に密集した兵士の間で感染が広がったとか。日本で今日、「3密」を避けようと言われていることにも通じますね。

日本でも新型コロナで多くの方が亡くなっていますが、米国や欧州諸国に比べると、爆発的な感染は何とか抑えられているようです。これはすごいことだと思いますよ。日本人はもともと手洗いやマスクの習慣があり、欧米人のようにハグやキスをしないということもあるけれど、強制力のない外出自粛要請を多くの人が守った。真面目な国民性というか、社会のディシプリン(規律)があるのでしょうね。

ロヒンギャ難民キャンプで思ったこと

――夫人が昨年9月、AAR支援事業の視察に来られたバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプでもコロナ感染による死者が確認されました(6月末現在5人)。

デヴィ夫人 何十万人もの難民が密集したキャンプで、狭いテントの中に何人も暮らしているのだから、もっと大変なことになるのではないかと心配していましたが、今のところ亡くなったのは1人ですか。私が暮らしたインドネシアをはじめイスラム教徒の人々は、礼拝の前に手足を洗い、トイレを済ませた後もよく手を洗うなど、身辺を清潔に保つことをとても大切にするので、キャンプの厳しい環境でも衛生に結構気を付けているのかも知れませんね。AARがキャンプに井戸やトイレをたくさん建設して、水・衛生分野のサポートをしているのは、とても有意義な取り組みだと思います。

実際に難民キャンプを訪ね、あれだけ多くの人々が丘陵地を切り開いて懸命に暮らしている姿を見て、「生きる力」を強く感じました。その一方で、難民の人々は自分たちが将来どうしたいのか、どうなるのか分からない。自分なりに計画を立て、モチベーションを持って生きられないというのは、人として一番悲しいことです。

デヴィ夫人がロヒンギャ難民の子どもたちに囲まれている。子どもたちは嬉しそうな表情をしている

AARがバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプで運営するチャイルド・フレンドリー・スペース(子どもの活動施設)を訪ねたデヴィ夫人=2019年9月

難民の皆さんは温かく私を迎えてくれて、特に子どもたちは目をキラキラ輝かせていたので心が休まりましたが、大人の女性たちは絶望しているように見えました。難民の女性にミャンマーでの経験を尋ねたところ、もちろん言葉は直接分かりませんが、家族を殺され、村を焼かれたことを叫ぶように訴え続けるので、本当に大変な目に遭ったのだなと思いました。ミャンマーへの帰還が進まず、問題が長期化する中、せめて子どもたちの教育だけは何とかしてあげないと、あの人たちは将来を完全に見失ってしまうでしょう。

不条理に苦しむ人々を救いたい

――バラエティ番組のイメージが強い夫人が難民支援に関わっておられることを、世間の人々は意外に思うかも知れません。人道問題に関心を寄せる理由は何ですか。

デヴィ夫人 ひとつには日本の敗戦があります。太平洋戦争中、母親の兄がいた福島県に疎開していましたが、終戦で焼け野原になった東京に戻ると、上野駅界隈に浮浪児(戦争孤児)がたくさんいて、幼い子が「何か(食べ物)ちょうだい!」と私の袖を引っ張ったことを覚えています。びっくりしましたが、「たとえ貧しくても私には両親がいるけれど、親をなくした子もいる。世の中には自分よりもっと不幸な人がたくさんいるんだ」と胸が痛みました。この体験が原点です。

もうひとつは、インドネシアのスカルノ(初代)大統領と結婚して3年目の1965年に起きた軍事クーデター(9月30日事件)の経験です。大統領が失脚して私たちは厳しい時期を過ごしました。当時の詳しい経緯は本(『デヴィ・スカルノ回想記』草思社)に書きましたが、スハルト(第2代大統領)が政権を奪って、共産党員や華僑が何十万人も殺され、スカルノ大統領は失意のうちに1970年亡くなりました。

こうした経験から、私は不条理に迫害されたり殺されたりする人々を救うこと、特に政治や宗教、民族的な理由で迫害され、故郷や家を追われた人々に手を差し伸べることを何より大切に考えています。その後2005年にNPO法人「アース エイド ソサエティ」を設立し、深刻な食糧難に陥っていた北朝鮮の人々を救援するために、中国・大連からコメ120トンを列車に積んで平壌まで運び、自分の手で先方に引き渡しました。拉致問題もあって、日本では北朝鮮は嫌われていますが、一般の国民は本当に素朴な人々なんですよ。同じ年に起きたパキスタン・カシミール大地震では、大量の毛布と防寒具をトラックで被災地まで運びました。東日本大震災(2011年3月11日)の時は、3日間に21カ所で炊き出しをして、被災地の皆さんがとても喜んでくれました。

AAR創設者・相馬雪香との出会い

――AARを長年支援していただいている理由は何でしょうか。

デヴィ夫人 アース エイド ソサエティを立ち上げる前の1998年頃、AAR創設者の相馬雪香会長(1912~2008年)に永田町の憲政会館でお会いしたんですよ。あの「憲政の父」尾崎行雄の三女である相馬先生が「インドシナ難民を助ける会」(AARの前身)を設立したのは67歳の時だったと伺って、「何て素晴らしい方だろう。こういう人を応援しなければ」と感銘を受けました。とても小柄だけれど、エネルギッシュで優しい方でしたね。柳瀬房子さん(現AAR会長)にもお目にかかり、こんな素敵な方々がおやりになっている団体なら間違いないと確信しました。その後ずっと、チャリティ・パーティーなどで集めた寄付金をAARにお贈りしています。

デヴィ夫人のご友人から寄付を受け取る相馬雪香AAR初代会長と柳瀬房子現会長。デヴィ夫人も微笑んでいる

デヴィ夫人(右)のご友人から寄付を受け取る相馬雪香AAR初代会長(左から2人目)と柳瀬房子現会長(左)=2002年10月

AARは政治・宗教・思想的に中立な立場で、難民や災害被災者を救援していますが、この基本精神は私が常に心掛けていることと同じです。紛争や災害など何か起きた時に、すぐに行動を起こして現地に飛ぶ姿勢にも共感しています。

もっと世界に目を向けよう

――こんな日本や世界であってほしいというメッセージを最後にお願いします。

デヴィ夫人 地球上に人類が存在し、武器を売買する国や商売人がいる限り、戦争や紛争はなくなりません。これが現実です。今の日本人は世界を全く知らないし、紛争や難民問題に目を向けようともしません。同じ地球で不条理に苦しむ人々がたくさんいるのに、本当に無関心ですよね。私の行動の原動力は「怒り」ですが、日本人はもっと怒るべきです。そのためには、まず新聞を読んで政治や国際情勢を知ること。新聞を開くと、いろいろなニュースが全部載っていて、私は必ず読んでいますが、最近はインターネットで自分が興味のある話題だけを拾って、新聞読まない人が多いみたいですね。そんなことじゃダメなんです。

若い人たちはどんどん海外に出て、その土地の人々と付き合い、語学力を含めてコミュニケーション能力を身に付けてほしいですね。私も欧州や米国でそうして自分を磨いてきました。とにかく世界を広く知ること、不幸な目に遭っている人々に思いやりを持つこと。もうひとつ、日本人として自分たちの歴史や文化にもっと誇りを持ってほしい。それは学校教育の問題でもあります。

新型コロナは誰にとっても未知の経験で、多くの方が犠牲になっていますが、私たちひとり一人の責任感、互いの思いやりの大切さを気付かせてくれた面もあるんじゃないでしょうか。とにかく今は普通の生活に戻れる日が早く来ることを祈っています。

ひとこと バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプをご案内した3日間、あいにく嵐のような悪天候だったが、デヴィ夫人は長靴を履いて泥道を平気で歩き回っていた。世界中の美食を知り尽くしているはずなのに、「私はその土地の料理をいただくの」と田舎食堂のカレー数種をきれいに召し上がった。多くの人が抱いているイメージと素顔は、たぶん、ちょっと違う。(N)

ロヒンギャ難民100万人の衝撃の本

AAR Japan 中坪央暁著『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』(めこん/2019年8月初版) デヴィ夫人も絶賛するロヒンギャ難民問題に関する日本初の詳細なリポート。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、 日経新聞、中日新聞、西日本新聞、共同通信など多数のメディアで紹介されました。AARを通じてご購入いただくと、定価4,400円(税込)あたり 約1,000円がAARの難民支援へのご寄付になります。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

 中坪央暁

全国紙特派員・編集デスクを経て、国際協力機構(JICA)の派遣で南スーダン、ウガンダ北部、フィリピン・ミンダナオ島など紛争復興・平和構築支援の現場を継続取材。2017年11月にAAR入職、2019年9月までバングラデシュ・コックスバザール駐在。栃木県出身

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