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ウガンダ:地雷被害者一人ひとりに寄り添いながら、地域で支え合うために

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AAR Japan[難民を助ける会]が東アフリカのウガンダで行っている義足装着支援。この支援により、地雷で足を失い生活が変わってしまった方々にある変化が訪れました。さらに地雷被害者を地域で支えていくためにAARが働きかけたこととは。ウガンダ駐在員の藤田綾がご報告します。

今日から新しい人生が始まる

椅子に腰かけ左足に義足を装着している 隣ではAAR藤田がしゃがみ装着をサポートしている

初めて義足を装着する瞬間、緊張しながらも笑顔を見せてくれたジェットレス・ビーラさん(2019年3月21日、ウガンダ・カセセ県)

「今日から新しい人生が始まる」持っていた義足をAARの支援により初めて装着し、そう呟いたジェットレス・ビーラさんの目には、ほんのりと希望の灯が宿っていました。

ビーラさんは、ウガンダのカセセ県に住む40歳の女性で、22歳と20歳の娘2人との3人暮らし。5年前の2014年、家庭菜園で農作業をしていたときに地雷の被害に遭いました。この事故で、彼女の暮らしは何もかも変わってしまったのです。

けれども、この日、義足を装着したビーラさんは語ってくれました。「私が地雷の事故に遭って自立した生活ができなくなってしまったせいで、夫は逃げてしまいました。2人の娘たちは私の世話があるから、結婚もせず家業の農業を支えてくれています。私は左足を失ってから、仕事も生活も何もかも諦めていました。でも、こうして義足があれば、一人でも新しいことが始められるし、娘たちを自由にもしてあげられます。私はこれから洋裁学校に通って洋服のデザインを習いたいです。」

美しい自然と暗い歴史を持つカセセ県

ウガンダ、カセセ県の地図

ウガンダの首都カンパラから370km、車では約8時間かかる最西端の地、カセセ県。自然の豊かな地域で、コンゴ民主共和国との国境に位置するルウェンズリ山地を見渡せます。6つの山々で成り立つルウェンズリ国立公園は世界遺産にも指定されています。標高5,109mでアフリカ3位の高さを誇るマルゲリータ峰もあり、世界中の登山家を魅了しています。
そんな美しいカセセ県は、1996年から2000年ころにかけて、反政府武装組織の民主同盟軍による襲撃や占領、ウガンダ軍による掃討作戦の被害を受けた地域でもあります。ウガンダ地雷生存者協会(ULSA)の地域支部にあたる、カセセ地雷生存者協によれば、県内では136名が地雷被害者として登録されており、紛争の被害にあった人々は平和になった今でも厳しい生活を強いられています。紛争が終結してから長い時間が経過している、首都や大都市からアクセスしづらい、といった理由からか、ウガンダ政府や国際社会からは、被害者への支援が十分に届いていません。
そこでAARは同県で、義足装着支援を行っています。義足が手に入っても、管理方法や使い方の知識がなければ、正しく使用し続けることができません。そのため、義足の管理方法や足のケア方法を伝えるとともに、地域で支え合うためのネットワークづくりなどを行っています。冒頭に登場したビーラさんは、その支援を受けた一人です。

支援が届きにくいからこそ、地域で支え合うネットワークの基盤をつくる

2019年3月23日、義足装着支援の一環で、AARはウガンダ地雷生存者協会、カセセ地雷生存者協会とともに、支援対象者16名とその家族や介助者に向けて「カセセ地雷生存者のためのコミュニティ・ワークショップ」を開催しました。

このワークショップでは、初めに、地方政府の中でも福祉分野を担う地域開発局の担当者からの発表がありました。「地域に根ざしたリハビリテーション」をテーマに、県内でのこれまでの取り組みの紹介と、これから地雷被害者を地域で支え合う大切さが伝えられました。次に、「義足との付き合い方」のセッションが行われました。ご自身が地雷被害の当事者でもあるウガンダ地雷生存者協会代表のマーガレット・アレク・オレクさんが司会を務め、参加者の意見、質問、経験談を交えながら、義足の衛生管理や不具合への対処などについて議論しました。最後は、「機会や経験の共有」と題し、自由に議論が行われました。県内においてどのような障がい者向けのプログラムがあるか、過去にAARの生計向上支援の支援を受けた人がどのようにビジネスを成功させたか、などの質問も活発に寄せられました。

義足のケアガイドを両手に持ちカ女性がカメラを向いている 両脇には参加者の女性と男性が写る

ワークショップの参加者には「義足のケアガイド」を配付。義足の管理方法や足のケア方法などがイラストと文章で書かれています(2019年3月23日)

マーガレットさんが立ち司会として話している

「義足との付き合い方」のセッションで司会を務めたウガンダ地雷生存者協会代表のマーガレット・アレク・オレクさん(2019年2月)

これらのワークショップを振り返ると、三つの点から価値のある会合になったと言えます。

1つ目は、山奥やへき地に住んでいる地雷被害者が、この会合に招待されたことにより、初めて公の場に出て来られたことです。町中に住む地雷被害者は、カセセ地雷生存者協会や近隣の地雷被害者と情報交換をしやすい環境にありますが、へき地に住んでいると情報やさまざまな社会参加の機会から疎外されてしまいます。そのため、一度も支援を受けた経験がなかったり、周りの人々との関わりも疎遠になりがちです。今回、多くの参加者たちはこの会合のために、よそいきと思われる綺麗なアフリカンドレスやビジネスカジュアルの服装でスマートに身を包み、「このような会議に初めて参加できたこと、また近くに住む地雷生存者の人たちに初めて会えたことがとても嬉しい」と話してくれました。

シルヴィア・ビーラさんが机に座りペンを持ち紙に書いている もう一人の女性は松葉杖をつきながらビーラさんが書く紙をみつめている

2010年のAARによる生計向上支援事業で支援を受け起業したシルヴィア・ビーラさん(写真左)。カセセ地雷生存者協会の中心的役割を担い、ワークショップの運営にも携わりました。美容院ビジネスが軌道に乗ったことで大学に進学・卒業できました(2019年3月23日)

20人以上の参加者が椅子に座って中央で話す男性の話を聞いている

輪になりお互いの顔を見て、経験や思いを共有する参加者たち(2019年3月23日)

2つ目は、この地域で初めて、ピア・サポート(同じ悩みや課題を抱えた当事者が集まり、相互に支え合いながら問題解決に向けて取り組むこと)のための地雷被害者間のネッ トワークづくりができたことです。
明日の生活を維持することで精一杯の地雷被害者の人々にとっては、たった半日の集会に参加することさえ、金銭的な困難があります。さらに、AAR以外からは支援を受けられていないカセセ地雷生存者協会にとっても、自力で半日の集会を開催することは、資金的にも難しく、また運営のノウハウもありませんでした。

一方で、義足の使い方やケア、心理的トラウマなどを共有し、共感しながら支え合うことは、当事者同士だからこそできることです。このワークショップでの議論や休憩時間は、こちらが意図していた以上にそれぞれが経験や思いを打ち明ける場となりました。カセセ地雷生存者協会からも「必要なのにこれまでできていなかった当事者同士の交流を、ついに実現することができ、AARに感謝しています」と嬉しい言葉をいただきました。そして、ワークショップの最後には、今後もカセセ地雷生存者協会が連絡や情報が集まる中心となることや、当事者同士が電話で相談し合うなど交流を増やしていくことが確認されました。

3つ目は、地方政府と全国に支部を持つウガンダ全国障がい者連合を巻き込んだことです。現在のウガンダの障がい者福祉には、政策や法律はあれど制度が整っていない点が多く見られます。地方政府の障がい福祉担当者や全国レベルの障がい者連合の担当者が、地域で行われる地雷被害者たちの集会に出席し、彼らの生活状況やニーズを直接捉え、施策の見直しや改善の検討に生かしていくことは、ウガンダが国として障がい者福祉を発展させていく上で非常に重要なプロセスです。

参加者の集合写真 40人近くがカメラを持つ 松葉づえや義足をつけている

ワークショップの参加者と撮影。中央列右から2番目はAAR駐在員の藤田綾(2019年3月23日)

この活動により、多くの方々の笑顔が見られたり、地雷被害者を地域や当事者同士で支えていくためのネットワークづくりを進めることができました。支援が実現できたのは、多くの方々からのご寄付のおかげであり、心から感謝しております。ウガンダには、厳しい毎日を送る地雷被害者がまだまだ多くいます。今後も彼らへの支援にご協力を賜りますようお願い申し上げます。

【報告者】 記事掲載時のプロフィールです

ウガンダ事務所 藤田 綾

2018年8月よりウガンダ事務所に駐在。大学で開発経済学を専攻。卒業後、開発コンサルティング会社に就職。パキスタンの職業訓練校の運営管理などに従事した後AARへ。千葉県出身

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