日本

AAR Japan[難民を助ける会]では、2011年3月11日に発生した東日本大震災を受けて、直後より活動を開始。宮城県仙台市に事務所を構え、復興支援を行っています。
活動にあたっては、特に支援から取り残されがちな障がい者や高齢者、在宅避難者などを重点的に支援しています。

東日本大震災での活動内容

AAR野際紗綾子著、障害保健福祉研究情報システムへ寄稿(2012年3月)

※報告書内では障害保健福祉研究情報システムの表記に則り、「障害者」という表記を用いています。

障がいのある方々の生活を支える

福祉事業所からヒット商品を生み出そう

新しい商品の開発を支援

コンサートでのグッズ販売の様子

仙台クラシックフェスティバルで販売された「ハチプオンプ」シリーズ

福島県の11の福祉事業所が集まって、新しいお菓子を生み出す取り組みが行われました。AARの調理器具提供や広報支援、日清製粉グループの技術指導など、たくさんの人たちの共同作業で、「魔法のお菓子・ぽるぼろん」が誕生しました。

2014 年10月に開催された「仙台クラシックフェスティバル」に向けて、7の福祉事業所がAAR の支援で商品開発ワークショップを重ね、新商品を生み出しました。音符や楽器をモチーフにした商品は「ハチプオンプ」シリーズとしてフェスティバル会場で販売され、「自分も楽器を演奏するので、楽器モチーフのグッズはかわいい」など好評を博しました。

事業を支える機材を提供

被災地の13の障がい者施設で、ミシンや調理器具、発電機など、事業に必要な機材の導入を支援しました。岩手県山田町の「やまだ共生作業所」では、大型の冷凍庫を導入し、地元の海産物を安定的に販売できるようになりました。また、岩手県大船渡市の「@かたつむり」では、りんご収穫用の脚立を提供し、利用者が屋外で携われる作業が増えました。地元の特産品を栽培・販売することは地域の活性化にもつながります。

お弁当・カフェ事業を後押し

調理実習の様子

浜内千波先生(左)がメニュー開発と調理指導に協力してくださいました

お弁当の製造・販売やカフェ運営を行っている福祉事業 所が魅力あるメニューを提供できるように、料理研究家の浜内千波先生の指導のもと、メニュー開発支援と調理実習を行いました。岩手県、宮城県、福島県から各1事業所が参加しました。素材の味を活かす浜内先生の技術と各事業所の工夫がつまった新メニューが誕生し、販売が始まっています。「震災で失ったものも多いけれど、浜内先生のように、震災がなければ一生縁がなかった方にもたくさん出会えました。今後はこのお弁当の販売を通じて、福島県でがんばっている事業所があることを伝えていきたいです。」

福祉事業所の商品を広める

福祉事業所商品を集めた販売会を東京や東北で計21回開催しました。たくさんの企業が、会場提供などの形で販売会開催にご協力くださいました。

※販売会にご関心をお持ちの企業・団体の方はお気軽にご相談ください。

障がい者施設の活動再開を支援

岩手・宮城・福島の16ヵ所の障がい児施設に、読書コー ナーを設置しました。「自由に本を読める場ができたことで、子どもたちの気持ちも安定するようになりました。」また、「銀の鈴社」から2,571 冊の絵本をご寄贈いただき、三県の27の障がい児施設や保育施設に提供しました。

2つの施設には、利用者の送迎に必要な車両を支援しました。また、2つの施設に要約筆記の活動に必要な機材を提供しました。

心身ともに健康な暮らしを

健康な暮らしのために

リハビリテーションとカウンセリング

理学療法士や作業療法士の資格を持つ方々にご協力をいただき、リハビリテーション指導を計49回実施しました。運動不足になりがちな仮設住宅の方々に好評です。同時に、カウンセラーが来場者のお話を伺うことで、避難生活のストレスを軽減します。

交流イベントを開催

アロマ石けん作りや民謡コンサートなどのイベントを仮設住宅の集会場などで21回開催しました。みんなで一緒に楽しいひと時を過ごすことで、明日への元気が生まれ、新しい仲間にも出会えます。

地元主導のイベント開催を支援

東北各地で地元の方々による自発的な交流の試みを応援しています。宮城県気仙沼市では地元団体「気仙沼ボランティアステーション」が企画・運営する交流イベントの開催を支援しました。12回のイベントが開催され、のべ324名が参加しました。岩手県山田町では「やまだ共生会」が実施するお茶会やカラオケ大会の開催計151回を支援しました。岩手県釜石市では、「かだっぺし」が47回の交流サロンを開きました。

エコノミークラス症候群を防ぐ

盛岡市および盛岡市立病院と協力して、岩手・宮城の沿岸地域で暮らす方々の健康を守る活動を支援しています。狭い仮設住宅で運動不足になりがちな被災地の方々がエコノミークラス症候群や生活不活発病にならないよう、医療チームが仮設住宅の集会場などを巡回し、1,022名に検診を実施しました。検診に必要な医療機器も提供しました。

プランターで野菜を育てる

仮設住宅に公園が生まれました

収穫祭にみんなが集まり、一緒に料理を楽しみました

13ヵ所の仮設住宅で、大型プランターの設置を支援しました。流しそうめんや収穫祭など、菜園利用者が楽しく集まれるイベントも開催しました。「毎日忙しく体を動かしていたころを思い出して気持ちが晴れたよ」。菜園活動を通じて、住民同士のコミュニケーションが増え、運動不足解消にもなっています。男性の参加も多く見られました。

子どもたちに遊びを

「ワクワク子ども塾」

理学療法士によるマッサージが好評です

ワクワク子ども塾でそば打ちにチャレンジする子どもたち

放射線の影響が気になって屋外で思い切り遊ぶことが難しくなった福島県浜通りの子どもたちとその保護者を対象に、一泊二日の「西会津ワクワク子ども塾」を4回開催しました。福島県西部の西会津町の自然のなかで、のびのびと遊ぶ時間を提供しています。「子どもは初めての雪遊び、とても興奮していました。親もとても楽しかったです。このように継続しての支援はありがたいことです。」

安心に日々を過ごす

防犯灯を設置

理学療法士によるマッサージが好評です

防犯灯で夜の通りが明るくなりました

岩手県大船渡市、宮城県石巻市、宮城県岩沼市で、計128基の防犯灯(街灯)を設置しました。復興にともなう集団移転により新しい住宅地が生まれるなか、防犯灯の設置は夜間の往来が安心になると大変喜ばれています。(社会福祉法人さぽうと21との共同事業)

福島に暮らす人々に寄り添う

福島県新地町のNPO 法人「みらいと」と協力し、相双地区での夜間の見回りや、傾聴活動を行っています。

安全な水を子どもたちに

福島県内の4ヵ所の保育園に飲料水(ミネラルウォーター)を、1ヵ所に給食用の果物を届けています。飲料水は乳児の粉ミルク用としても使われています。

通院サービス

岩手県山田町では、病院が街の中心部から離れた場所にあることに加え、再開発に伴い大型車両の通行が増加しており、高齢の方々が病院に通うのが難しくなっています。AARは地元の「やまだ共生作業所」と協力して、地元の方々が安全に病院に通えるよう、車両での送り迎えを1,348回実施しました。

地元の祭りが復活

宮城県石巻市の吉浜地区。東日本大震災前は56世帯が暮らしていましたが、津波による壊滅的な被害を受けたため人口流出に拍車がかりました。地元の熊野神社に伝わる「神輿渡仰(みこしとぎょ)」は、若者が神輿を担いで街を練り歩く伝統ある行事でしたが、少子化のために2001年を最後に開催が途絶えていました。その祭りが、2014年4月27日に復活しました。AARは神輿の修理代などを支援しました。吉浜から他地域へ転出した女性は「また吉浜で神輿渡仰が見られるなんて信じられません」と涙を流していました。

防災・減災:これからの災害に備える

障がいのある方々の避難生活を考える

仮設住宅に公園が生まれました

中学校の体育館をお借りして、避難所での受付や非常食の試食を体験しました

2014 年7月26日と11月10日、福島県いわき市で避難所体験を実施しました。障がいのある方々も数多く参加し、災害が起こった際の避難所での登録のしかた、車いすを使いながらの避難生活などについて実体験を通じて理解を深めました。

また、福島県内の11の障がい者施設で、254人分の緊急避難キットを配付しました。

終了した活動

チャリティコンサートの開催

AARでは、姉妹団体である社会福祉法人さぽうと21と共催で、5月20日に東京オペラシティコンサートホールで被災地支援のチャリティコンサート「故郷」を開催。コンサートの収益とご寄付により、これまでに、被災した岩手県と宮城県の小学校、中学校、高等学校、吹奏楽連盟へ49種類227点の楽器を寄贈しました。

2011年8月5日には仙台市青年文化センター(宮城県仙台市)にて「心のコンサート<希望>」を開催し、被災者の方々に無料でコンサートをお楽しみいただきました。また、2011年10月20日には中国上海の蘭心大劇院にて、東日本大震災復興支援コンサート「希望」を共催しました。2012年には4月(加藤タキ チャリティ・サロンコンサート)、6月(鼓童と和太鼓の仲間たち)、9月(忘れないで3.11)と3回の東北復興支援チャリティコンサートを開催。2013年と2014年にはヴァイオリニスト・天満敦子さんが東北3県を訪れ入場無料のコンサートを各地で開催しました。東京でも天満敦子さんのチャリティ公演を開催し、皇后陛下のご来臨も賜りました。

「手作りトートバッグで被災地を応援しよう」プロジェクト(終了)

手作りトートバッグに大喜び

全国から寄せられた手作りのトートバッグを手に(2013年1月21日 宮城県)

被災地の避難所や高齢者施設からの声を受け、手作りのトートバッグを募集しました。第1回目の募集では、2011年5月20日の締切までに、国内外から約5,000枚もの手作りバッグが届きました。AARのキャラクター「サニーちゃん」のぬいぐるみストラップを、ボランティアがバッグに一つひとつ取りつけ、被災地で配付しました。被災地からは、手作りのバッグはもちろん、バッグの中に入った応援メッセージに感激したとの声が多数寄せられました。大好評につき、2011年10月から12月まで第2回目のバッグを募集。2012年9月には第3回目の募集を行い、第1回目と合わせて合計10,543枚のバッグを被災地の方々にお届けしました。バッグは被災者の方々のお買い物や子どもたちの通学用などに活用されています。

被災地へチョコレートと直筆メッセージを届ける「まごころキャンペーン」(終了)

障害者施設へのチョコレートとメッセージ配付の様子

チョコレートと添えられたメッセージに思わず笑顔がこぼれます。(2012年12月19日 宮城県仙台市)

六花亭製菓株式会社のご協力により誕生したAARチャリティチョコレートを被災地で配付する分もご購入いただき、ご購入いただいた方からの直筆メッセージを添えてAARが直接被災者の方々へお届けするキャンペーンです。2013年3月末までに4,843個のお申し込みをいただき、岩手県、宮城県、福島県の仮設住宅や福祉事業所、保育所などでお配りしました。

「被災地へ花とまごころをとどけよう」キャンペーン(終了)

福島県相馬市に届けた花とメッセージ

被災地への応援メッセージを花に添えておとどけしました(2012年4月28日 岩手県)

震災後1年経っても津波の爪痕が残る被災地へ、花と応援メッセージをとどけるキャンペーンを2012年4月11日より5月31日まで行いました。1000円で、季節の花の鉢植えとメッセージを1つお届けするというもので、被災地の障がい者施設や園芸店で鉢植えを購入し、メッセージカードを添えて岩手県、宮城県、福島県の仮設住宅や福祉事業所などに1.603鉢を一つひとつお届けしました。

コンテナハウスプロジェクト(終了)

コンテナハウスプロジェクト

ボランティア施設「ひらがいハッピードリームパーク」にコンテナハウス2棟を設置しました。(2012年2月9日 宮城県気仙沼市)

AARでは、国際ジャーナリストの菅原出氏を発起人として、組み立て式で設置の容易なコンテナハウスを被災地におくるプロジェクトを行いました。これまで宮城県牡鹿郡女川町、本吉郡南三陸町、亘理郡山元町、気仙沼市、岩手県陸前高田市などに57棟を設置し、住居や店舗などとして活用されています。

福島県の仮設住居・借り上げ住居に入居する全世帯(約35,000世帯)への生活必需品支援(終了)

福島県南相馬市から避難した木幡聖子さんに掃除機などをお届けしました

福島県南相馬市から避難した木幡聖子さんに掃除機などをお届けしました。左はAARの浅野武治(2012年3月2日 山形県山形市)

福島県内の仮設住居・借り上げ住居に入居する全世帯を対象に、ADRA Japanと共同で、生活必需品の支援を行いました。被災地域では日本赤十字社が家電製品6点セットを配付し、AARが配付したのはそれ以外の生活必需品で、台所用品、お風呂用品、掃除機、こたつ机、食器棚など、福島県や地元自治体からの要請に基づき選定しました。難民を助ける会の配付対象先は、福島県の浜通りと中通りの合わせて13市町村(相馬市、南相馬市、新地町、飯舘村、富岡町、川内村、郡山市、須賀川市、鏡石町、白河市、西郷村、矢吹町、泉崎村)です。また、警戒区域の含まれる自治体で、支援要請のあった南相馬市、富岡町では、県外避難者へも支援を行いました。地域の経済復興に寄与することを目的に、可能な限り地元の商店および商工会を通じて物資を調達し、2012年3月31日までに、22,599世帯へ配付しました。

福島県相馬市の子どもたちの精神的ケア(終了)

相馬市の呼びかけで結成されたNPO法人「相馬フォロアーチーム」の副理事長を長有紀枝(当会理事長)が務めています。「相馬フォロアーチーム」は、臨床心理士、精神保健福祉士、保健師を含む計6名で構成されており、相馬市内の被災小中学校および幼稚園で、生徒・児童および保護者への精神的なケアを行っています。

福島県内外へ自主避難している妊産婦への支援(終了)

AARでは、福島県内外へ避難しているご家族の個別のニーズに対応する「福島乳幼児妊産婦ニーズ対応プロジェクト」(舩田クラーセンさやか代表)を支援しました。本プロジェクトでは、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故後、放射能汚染による健康被害の不安を抱える乳幼児や妊産婦を含む家族に対し、きめ細かいサポートを行っています。AARでは、福島県から東京都、宮城県へ避難した9世帯へのヒーターやホットカーペット、加湿器などの配付のほか、福島県内外に住む乳幼児へ玩具160個、ぬいぐるみ110個の提供を支援しました。

福島県相馬市・南相馬市の子どもたちへの支援(終了)

市外から福島県相馬市に転入してきた児童・生徒は、これまで家族で避難場所を転々とする度に、各避難所の近くの小中学校に通学していましたが、各学校で使用する副教材と体操着、ジャージが異なるため、保護者にとってはこれらの購入費が大きな負担となっていました。2011年9月から2012年1月までに児童・生徒59名へ副教材と体操着、ジャージの支援を行ったほか、南相馬市内の小中学校15校で除染のためにカーテンを交換しました。

福島県南相馬市への給食支援(終了)

美味しい給食をほおばる子どもたち

おいしいね!南相馬市立原町第一小学校の児童の皆さん(2011年9月22日 AARが給食車両のレンタル支援をしました)

AARでは、福島第一原子力発電所の災害の影響で生徒・児童数が増えた鹿島区の学校に通う児童・生徒(約2,800名) を対象に、7月1日から22日まで「野菜ジュース」と「お米」を提供しました。野菜ジュースは全児童・生徒に週2回提供、お米は毎日の給食 に使用する計2トンを支援しました。また、鹿島区の学校へ給食を配給する車両が不足しているため、2011年8月23日から2012年2月末まで車両の提供を行いました。

「被災地へ温泉を運ぼう」プロジェクト(終了)

鬼首温泉のお湯を避難所に届けました

宮城県の被災地に温泉を届けました(宮城県東松島市)

AARでは、万葉倶楽部株式会社(神奈川県横浜市)や株式会社アセンディア(東京都品川区)などとの共同で「被災地へ温泉を運ぼうプロジェクト」を実施。初回の2011年4月9日には神奈川県の湯河原温泉にご協力いただき、宮城県東松島市の避難所となっている矢本第一中学校、赤井市民センター、牛網小学校、浅井公民館の4ヵ所に配湯し、被災者の方々に温泉をご提供しました。4月12日からは宮城県の鬼首温泉のご協力で、東松島市の矢本一中(移転先が2箇所に分散)、牛網コミュニティーセンター、赤井市民センター、浅 井公民館、宮戸小学校と、石巻市の石巻祥心会の計6ヵ所に対して日曜日を除く毎日配湯され、1日500~600人の被災者の方々が入浴しました。当プロジェクトは、2011年5月末で終了しました。

巡回バスの運行(終了)

交通網が復旧するまで、巡回バスは市民の足として大活躍しました

石巻市立東浜小学校バス停から帰宅のために乗車する子どもたち(宮城県石巻市)

AARでは大型バスが通行できなくなった宮城県石巻市牡鹿半島で、被災された方々の交通の便を確保するため、萩浜地区で1日2便、鮎川地区で1日1便、小型車両による巡回バスを運行しています。2011年4月10日からこれまでに、荻浜地区ではのべ530人、鮎川地区ではのべ220人の方にご利用いただきました。交通網の復旧作業が進み、震災前の運行車両が通行可能となったため、当プロジェクトは2011年6月4日に終了しました。

巡回診療・保健活動(終了)

巡回診療・保健活動

避難生活を送る男性を診察する医療チームの安田敏明医師(宮城県石巻市牡鹿半島)

在宅避難者の多い牡鹿半島の牧浜、竹浜、狐崎浜、鹿立、福貴浦、小積浜、小淵浜の各地区の住人約640人を 対象に、地元の安田敏明医師を中心とした医療チームによる巡回診療と、慢性疾患の診察や感染症の予防、精神的なサポートなどの保健活動を行いました。2011年3月19日から9月18日までに、のべ817名に診察を行いました。また、8月10日から9月15日の1ヵ月間で、宮城県石巻市の仮設住宅にて387名に対し て看護師による巡回訪問を行いました。同地の医療機関の機能が回復したため、2011年9月30日をもって活動を終了しました。

衛生活動(終了)

夏場の避難所を衛生的にしようとみんなで大掃除

避難所の汚れやほこりを一掃します(2011年6月18日 宮城県本吉郡 南三陸町立入谷小学校体育館)

宮城県石巻市と南三陸町の避難所の約1,000人を対象に、地震発生以来、避難所で長期間使用され汚れた布団や毛布、マットレスの天日干しを行ったほか、夏場になりハエや蚊が大量発生し、衛生環境が悪化した避難所で大掃除などを実施。布団乾燥機、掃除機、除湿機や掃除用品、防虫剤、殺虫剤(ハエ取りリボン、ダニアースなど)の配付や使用方法の指導を行うほか、古く汚れた布団は回収し、夏季用タオルケットや新品寝具を配付しました。また、冷蔵庫のない避難所には、食中毒を防ぐために冷蔵庫も提供しました。2011年6月14日より8月31日までに、25ヵ所の避難所で活動を行いました。この活動は2011年8月31日で終了しました。

支援物資の配付(終了)

災害時には障がい者・高齢者が支援から取り残されやすい、という海外での経験から、これらの方々への支援に重点を置いて活動を進めました。緊急支援の初期には、おとな用おむつ・おしりふきは、レトルトの介護職などを福祉事業所に配付しました。また、復興期には、介護ベッド、車いす、停電時に人工呼吸器などを動かすための家庭用発電機、心のやすらぎを与えるぬいぐるみなどを、のべ1,606ヵ所、180,000人へお届けしました。

※支援活動にあたっては、国内および海外の企業や団体、学校、個人の皆さまからのご寄付や物資のご提供などのご協力、およびジャパンプラットフォーム(JPF) からの助成を得て行っています。すべての方々をご紹介することができませんが、何卒ご容赦ください。皆さまのあたたかいご協力に心より感謝申し上げます。

2011年 3月11日 東日本大震災発生。緊急支援活動を開始。
2004年

10月、新潟県中越地震の被災者支援を実施。(2005年6月まで)

1995年

1月、阪神淡路大震災の被災者支援を、社会福祉法人さぽうと21、じゃがいもの会と共同で実施。(1996年12月まで)

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